ふきちゃんはこの辺りのかなり広い範囲を縄張りにしています。
今まではむうたがいたのであまりうちに近寄ることはありませんでしたが、ふきちゃんが現れたということは、同時にむうたはすでに家の近くにいないことを意味していました。
今までむうたの餌場だった場所にごはんを出してあげると、ふきちゃんは近寄ってきてごはんを食べます。
「ふきちゃん、むうたどこ行ったか知らない?どこかで見かけなかった?」
ふきちゃんは知らん顔です。
母もむうたもいなくなり、なんだかだんだん色んなことがどうでもよくなってきました。
そんな私にちまさんがいつも以上に寄り添ってきます。
そうだね。
私にはまだちまがいるもんね。
ちまに心配かけないように頑張らないとね。
母の葬儀が終わって1週間ほど経った頃、近所の人が家にやってきました。
「お前の猫がうちに来てるぞ」
ん?
むうたのこと?
そこのお宅は奥さんも旦那さんも大の猫好きで、家の中に4匹、家の周りにいる外猫は10匹以上(増えたり減ったりするので、正確な数は把握できてないそうです)と、ご近所では有名な猫屋敷。
うちからは直線距離で500mほどです。
外猫のために敷地内数ヶ所に常に置きエサが置いてあり、外猫たちは各々好きな時にごはんを食べ、自由に過ごしています。
ただ、あくまで外猫なので、家の中には入れてもらえず、夜は家の周りに置かれたダンボールやビニールハウスなどで寝ています。
むうたがそこに…
早速、むうたの様子を見に、あわよくば連れ戻しに行ってみます。
いました。
むうた、少し日当たりのいい場所で日向ぼっこをしています。
ですが、すでに12月。
あまり暖かそうではありません。
「むうた!」
声をかけた私の姿を見て、一目散に逃げて行きました。
むうたにとって、私は
「エサをくれる人」
ではなく、
「捕まえて病院に連れて行く怖い人」
「狭いケージに閉じ込める悪い人」
になっていたのです。
事情を知っている奥さんは
「むうたちゃん、お口痛そうだからごはんは牛乳に浸したパンをあげてるからね。心配ないよ。夜はダンボールに入って寝てるし」
むうたは他の猫と群れることはなく、猫だんごに入れてもらえることもなく、12月の外でダンボールでひとりぼっちで寝てるんだ。
つらくなりました。
そしてパンと牛乳…
どちらも猫にはあまりよい物ではありませんが、好意でやってくれていることなので、文句は言えません。
その日はむうた用の缶詰めを渡して帰りました。
その後も何度かむうたの様子を見に行きましたが、やはり私の姿を見ると姿を隠してしまいます。
「もう、むうたは諦めよう。この家にいれば、少なくともごはんはもらえるんだし。むうたは自由を選んだんだよ」
そう何度も自分に言い聞かせました。
この辺りは山あいのため、冬の夜は氷点下。雪もたくさん降ります。
冷える夜や雪が降った日はダンボールの中でひとりで寒さに耐えながら丸くなって寝ているむうたが頭に浮かびます。
「むうた、どうしてるだろう?」
そう考えずにはいられません。
そうして、むうたが脱走して1ヶ月が経った頃。
その日は朝から雪で、5cmほど積もっていました。
夕方5時。
むうたの餌場はもう片付けないと、と思い家の中から餌場をのぞきました。
外はもう真っ暗でよく見えませんが、餌場の近くにに一匹の猫が。
「あれ?もしかしてふきちゃん、ごはん食べに来た?寒いのに頑張るな」
そう思って、もっとよく見ようと目を凝らしてみます。
「ん?ふきちゃんじゃない」
明らかに白黒ではない猫。
白茶色っぽい猫。

暗闇の中、ぼんやりと見える姿。
うずくまって小さくなっているのは、まぎれもなくむうただったのです。
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