「こわい思いしたから警戒して来なくなったのかもしれない。まぁ、ましろには元々ごはんをもらってた家があるし、大丈夫かな?しばらくしたらまた来るかな?」
と思い、ましろを待ち続けました。
もう、年が明けて、外には相変わらず雪が降り積もっています。
その家には外猫たちもたくさんいるし、ましろは他の猫たちとボイラーの上でよく寝ていたと聞いていたので、寒くはないはずです。
ましろが来なくなって一週間ほど経った頃、ましろが外猫として暮らしているお宅のご主人から電話がありました。
「あの灰色の猫はお前にさわらせる?」
は…?
「さ、さわれないよ。さわらせてもらったことないし」
聞くと、数日前に帰って来たましろは怪我をしていて、よだれも血だらけで、ボイラーの上から動けないんだそう。ごはんもずっと食べていないとか。
イケメンとのケンカで、ましろは傷を負っていたのです。
ご主人は、自分たちはましろがさわらせてくれないので、私がましろを抱っこできるのであれば、なんとかしてましろを病院に連れて行きたいと考えているようでした。
とりあえず私はましろの様子を見に行くことに。
ましろが好きな猫ミルクと猫缶。ましろの食器を持って。
ご主人に案内されて、裏庭に回ると、ボイラーの上にましろの姿が。
ああ、これは…
私が
「ましろ」
と声をかけると、ましろは私の方を見て
「あ〜ん」
と弱々しく鳴きました。
ましろは、じっとうずくまったまま、動こうとしません。
私が近づいても、逃げることも出来ない。
ましろはイケメンとのケンカで、急所である尻尾の付け根と首周りを激しく噛まれていました。
口の中か内臓が傷ついているのか、口から血が流れ出ています。
ましろはイケメンに負けてしまったのです。
ここまで帰ってくるのも、大変な思いをしながらの道のりだったはず。
どうしよう。
病院に連れて行く?
でも、この状態のましろを動かすのは危険じゃないのかな?
でも、治療しないと助かりそうにない。
治療しても助かるかどうか…
でも、病院に連れて行った後、ましろをどうする?
うちで面倒見れる?
責任持てる?
正直躊躇しました。
その時の私は、こんな怪我をした猫を病院に連れて行った経験もなく、治療費や今後のことを考えると、病院に連れて行かなければいけないと頭ではわかっていても、どうしても後一歩が踏み出せなかったのです。
結局、その時は決断できず、持って来たミルクと猫缶を奥さんに預けて一旦帰ることに。
帰ってからもましろのことを考えました。
なんとかしたい。
ましろを助けたい。
理由をつけて逃げるのはやめよう。
なんとかして、明日にでもましろを病院に連れて行こう。
翌日、奥さんから電話が。
急いでましろの元へ。
そこには、箱に入れられセーターでくるまれて冷たくなったましろの姿が。
周りには猫缶とお花が置いてあります。
「昨日、あれからあみじゃがちゃんが持ってきたミルク温めてあげたら、少し飲んだよ。ずっと何にも食べてなかったのに、最後にあみじゃがちゃんのミルク飲んだよ。私ね、ましろって名前も知らなかっし、ましろが鳴くの、昨日初めて聞いたのよ。私たちには鳴いたことなかったからね。あみじゃがちゃんのことがわかったんだね。おいしいごはんがもらえて幸せだったはずだよ。この子をかわいがってくれてありがとう、あみじゃがちゃん」
私はましろにそっとふれてみます。
初めてましろにさわりました。
できれば、違う形でましろにふれたかった。
初めてふれたましろは、ふわふわで、とてもやさしい気配がしました。
ましろをなでながら、たまらず涙があふれてきます。
私の迷いがましろを死なせてしまった。
ましろ、ごめんね。
私がもっと早く決断してれば。
ましろ、つらかったね。
痛かったね。
苦しかったね。
助けて欲しかったんだよね。
だから、私の顔見て鳴いたんだよね。
こめんね、ごめんね、ましろ。
私が迷ったばっかりに、つらい思いさせたね。
よく頑張ったね、ましろ。
えらかったね、ましろ。
私は奥さんと二人で、夢中でましろをなでながら、泣き続けました。
家に帰っても、涙が止まりませんでした。
でも、泣いてたらちまさんが心配してしまう。
私はその夜、お風呂の中でこっそり泣きました。
ましろ、ましろと、何度も名前を呼びながら。
少し暖かくなった頃、私はましろのハウスを片付けました。
中からは血のついた毛布が出てきました。
ましろはケンカの後、ハウスに戻ってきていたのです。
そして、歩けるようになると、元いた家まで、傷ついた体を引きずって帰って行ったのでしょう。
猫は体調を崩すと、安心できる場所で快復しようとする。
ましろにとって、安心できる場所は、うちではなく、他の猫たちが待つ家だったのでしょう。
ましろのハウスを片付けながら、また私は泣きました。
何度も名前を呼びました。
でも、ましろはもう
「あ〜ん」
と鳴いてはくれません。
ただ、ましろが私に教えてくれたことがありました。
それは、目の前の命にためらったらだめだということ。
助けられる命があれば、躊躇せずに手を差し伸べるということ。
勇気を出さなければいけないということ。

ましろは本当にやさしい子でした。
一緒に暮らす猫さんたちを守って、傷ついた体で最期まで、他の子たちのリーダーであろうとした子です。
そんな、やさしいねこ、ましろは、きっとこう言いたかったのかもしれません。
「ぼくはこの家の子にはなれなかったけど、もしもいつか助けを必要としてる子が来たら、ぼくの代わりにこの家に迎えてあげてね。おいしいごはんをたくさんあげてね。しあわせにしてあげてね」
ましろがいなくなって数ヶ月後、私の前にむうたが現れます。
もしかしたら、行き場を失ったむうたに、ましろが
「あそこに行けばきっとごはんもらえるよ。暖かい寝床もあるよ。ぼくの代わりにかわいがってもらいなよ」
と教えてくれたのかもしれません。
ボロボロの姿で現れたむうた。
以前の私なら、むうたをうちの子に、なんて考えなかったかもしれません。
けれど、ましろの事があったからこそ、私はむうたに出会ったとき、家に迎え入れる勇気が持てたのです。
ましろ。
ましろのことは幸せにしてあげられなかったけど、この子はきっと幸せにするね。
私はもう迷わないよ。
迷っちゃダメだって、ましろが教えてくれたんだもんね。
安心して、ましろ。
お空で見ててね。
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