「随分とすごしやすくなったな」
独り言をつぶやきながら、朝の身支度をする。
軽く朝食をとったむうたはいつものように外出することにした。
部屋でゆっくり過ごすのも悪くはないが、こんな日は外で刺激が待ってるはずだ。
出かけない手はない。

「それに、あいつも待ってるはずだ」
むうたはいつもの場所へと向かうことにした。
約束などもちろんしていない。
だが、むうたにはわかっていた。
そこに行けば会える、と…
しばらく田んぼ沿いを歩けば、そこはもういつもの場所だ。
むうたは用心深くあたりを見回してみる。
「いた…」
空き家の庭で子どもたちを遊ばせる彼女の姿がむうたの目に飛び込んできた。
「ビスコ。今日も来たぜ」
むうたは軽く微笑み、目でビスコに合図する。
ビスコはむうたに気づくと、一瞬むうたの方を見る。だが、すぐに遊んでいる子どもたちの方に慌てて視線を戻す。

ビスコは鯖とらの美しい被毛を持った、物静かな女だった。
決して派手なタイプではない。
子どもたちのことを第一に考える献身的な母親の務めを果たしていた。
そんなところも、むうたの目には魅力的映った。
「相変わらずだな、ビスコ。だが、おれにはわかってるぜ。お前が本当は毎年子どもを産む情熱的な女だってな」
ビスコは何もむうたの言葉には応えず、変わらず子どもたちの方を見ている。
そんなビスコを見て、むうたはもう一度ビスコに合図を送った。
「さあ、ビスコ。始めようか」
そう言うとむうたはおもむろに、遊んでいる子どもたちの方へ向かった。
「おじちゃ〜ん!今日もきたの〜?」
「あそぼ!あそぼ!」
「ねぇ、おじちゃん。今日はなにしてあそぶ〜?」
むうたの姿を見つけた仔猫たちがいっせいにむうたの方に向かったくる。
ビスコの子ども、パピコ、ピノ、プリッツだ。
「みんにゃ〜。おじちゃんきたよ〜!みんにゃいい子ちてましたかぁ〜?」
「ねぇねぇ、おじちゃん。追いかけっこしよ、追いかけっこ!」
「は〜い。追いかけっこでちゅね〜」
「おじちゃんがおにだよ。みんにゃ、にげろ〜!」
「わ〜!にげろ。にげろ〜!」
「わ〜!おにがきた〜!にげろ〜!」
蜘蛛の子を散らすように、各々別の方向へ走り出すパピコ、ピノ、プリッツ。
その後を嬉しそうに追いかけるむうた。

「ちょっと。子どもたちに怪我させないでよ!」
初めてビスコが口を開いた。
「はい。気をつけます、ビスコさん」
「危ないことしないでよね。それでなくてもあんた体大きいんだから」
「はい。わかりました、ビスコさん」
「今日もしっかり子守頼むわよ!」
「はい。今日も一生懸命頑張ります、ビスコさん」
むうたはビスコに言われるがまま、仔猫たちの相手を始めた。
いつからだろう。
こうして仔猫の子守をさせられ始めたのは。
最初はビスコという謎めいた女に近づきたい一心だった。
だが、ビスコはむうたのアプローチには一切なびかず、仔猫たちのよき母親という一面しか見せなかった。
むうたは仔猫たちの子守をするという形でビスコに近づくことにした。
仔猫たちの子守はきらいじゃない。
続けるうちに楽しくさえなってきた。
なにより、無邪気に寄ってくる仔猫たちをかわいいとさえ思うようになっていた。
「ふ…。おれもヤキがまわったな」
そんなことを考えながらも、今の状況を楽しんでいる自分がいることに気づいた。
「ちょっと!むうたさん!ぼんやりしてないで、ちゃんと子どもたち見ててよっ!」
「はい、ビスコさん!お任せください!
わ〜!おじちゃんがおにだじょ〜!まてまて〜!」
そしてむうたの小春日和の一日は過ぎていくのだった。

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