看護婦さんたちは、私が獣医学部の学生だと思っていたようだけれど、
私はインド哲学を学ぶ文系学生。
全く獣医学とは縁がなかった。
基本的には、入院患畜たちのお世話をしていた。
ゴハン、トイレの掃除、散歩(院内飼養の子)など。
たまに薬やワクチンの調合もしていた(たぶんNG…)。
このアルバイトに関しては、
ものすごく色んな話題があるけれど、
本日はとある入院患畜の猫の話。
ふぅちゃんは腎臓が悪かった。
具体的にどういう処置をしていたのか覚えてない。
2カ月に一度、10日間ほども入院していた常連だ。

私は、ふぅちゃんが入院している日は憂鬱だった。
ケージを最低でも日に2度掃除するのだが、
彼は攻撃性が高く、更に機嫌も常に悪く、トイレを荒らす。
日に何度も殴られ噛みつかれながら、
ケージを掃除する必要があったからだ。
ミトンをつけた手とは言え、時に歯や爪が食い込むことがあり、
なかなか難儀していた。
だから私は、
彼の怒ってる顔、緊張してる顔しか見たことがない。
ふぅちゃんと知り合って半年ほど経ったある日、
その飼い主さん夫妻が面会に来た。
もちろん今まで何度も来ていたのだろうけど、
私の勤務日にやって来たのが初めてだっただけだ。
感じのいい老夫婦だった。
ケージ越しにふぅちゃんと対面する飼い主さん。
ふぅちゃんは、普段と違って、くりくりの瞳で甘えた声を出す。
夫妻はそれを、細い目をして喜ぶ。
あぁ、この子はこんな顔してたんだと、吃驚した。
本当は可愛らしく、愛らしい子だったんだと。
それからも、
ふぅちゃんは私たちの前での魔獣のようなふるまいを
変えることはなかったんだけれど、
私はそんな彼の態度が少しいじらしく感じられ、
憂鬱さを感じることなく、ときにふうちゃんをからかいながら、
ケージの掃除ができるようになった。
飼い主さんと、あれだけ関係構築できているなら、
そりゃ病院なんて嫌で嫌でたまらないよね。
当時8歳だったふぅちゃんは、腎臓が良くなることもなく、最後は家で看取られた。
それを私は、飼い主さんのお礼状とお菓子で知ることになった。
ふぅちゃんは、まるで飼い主さんに剣を捧げた騎士のよう。
その忠誠心の高さが、ときどき面倒だったんだけれども、立派に勤めを果たしていたんだろう。
あんな子と巡りあえた飼い主さんも、それは幸せだったに違いない。
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