背中の毛をぶわ〜っとしても、さむいの。
なんでこんなにさむいのか、私にはわかりません。
さむいのはきらい。
でも、さむくなると、私の大好きあれがでてきます。
あのしかくいの。
ねえねは「おこた」っていってるあれ。
おこたはだいすき。
おこたが出てくると、すぐに入りたくなってしまいます。
だって、おこたの中は、あったかくて、しずかで、せまくて、私だけのくうかんだから。
さむいのはきらいだけど、おこたはすき。
おこたの中にいれば、だれにもじゃまされないし、ねえねがかならず来てくれるから。
おこたの中でまってれば、ねえねが一緒にいてくれる。
だから、おこたはすき。
でも、ねえねのあししか見えません。
一緒にいてくれるのわかるんだけど、ねえねのあししか私には見えないの。
しかたないから、私はねえねのあしにあたまを乗せてねんねしたり、あしにしがみついたり、たまにさみしくなってけりけりしてしまいます。
そうするとねえねは、
「どしたの?さみしいの?寒くない?」
と、私のあたまをなでなでしてくれます。
たまに、おこたのそとに出てみると、あのデカいのが、ねえねのおひざにいます。

まったくずうずうしいったらありません。
私はそれを見て、イヤだなぁ、って思うけど、なんにも言えません。

ねえねはそんな私に気づくと、あのデカいに毛布をかけて、私から見えなくしてくれます。
私はそれを見て、イヤだなぁ、が、ちょっとだけイヤだなぁになるのです。
さむいのはきらい。
でも、夜、お布団でねえねといっしょにねむるのはすき。
私のおふとんはねえねのベッド。

いつもならんでいっしょにねんね。
私がベッドに行くと、いつも私のおふとんはふかふかであったかい。
私にはそれがどうしてあったかいのかわかりません。
ねえねは
「ちまさん用の電気毛布だよ。あっためといたからね」
といいます。
私には、「でんきもうふ」がなんなのかよくわかりません。
でも、そのおふとんはとてもあたたかくて、心地よいのです。
だから私はいつもぐっすりねむれるのです。
ねんねの前、ねえねは私をたくさんたくさんなでなでしてくれます。

とっても気持ちいいし、私はそのなでなでの時間が大好きです。
だって、その時間は、だれにもじゃまされないで、ねえねをひとりじめできるから。
ねえねはたくさんたくさん私をなでなでしてくれるので、私は気持ちよくねむることができるのです。
たまに、まだなでなでたりないな〜、って思って寝ているねえねの方を見てると、ねえねは目をあけてまた私のことをたくさんなでなでしてくれます。
そうすると、私は気持ちよくなって、おふとんに顔をうずめてねむることができます。
たまに目をあけると、ねえねの顔がよこにあります。
ねえねも私のよこで寝ています。
私はそれを見ると、とても安心するのです。

さむいのはきらい。
でも、さむいとたくさんいいことがあるのも私は知っています。
あったかいおこたと、あったかいおふとん。
それにたくさんのなでなで。
さむいのはきらい。
でも、ねえねといっしょなら、さむいのもそんなにわるくないのかな?
さむいのはきらい。
でも、少しだけさむいのがすきになってきました。
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