春になったばかりでまだまだ寒く、傘なしでは数歩でずぶ濡れになるほどの雨の日。
夕方5時頃、仕事の休憩がてら公園を散歩していると、草むらにかがみ込む女性の姿。
気になって近づくと、ミャーミャーという複数の声が聞こえ、段ボールからはみ出して空を掴もうとしている手が見えました。
鳴き声というよりは金切り声。
自分の知っているそれよりも数オクターブ高く、子猫が捨てられているんだと理解しました。
それも一匹ではなく、たくさんの鳴き声。そのときは、5〜6匹の子猫が詰め込まれているのだと思いました。
「えらいものを見つけてしまった。自分は飼えないが、このままにはしておけない。」
無言の女性の背中からは明らかにその葛藤が感じ取れ、しばらく見ていると、濡れてヨレヨレになった段ボールを抱え、どこかへ去っていきました。
その後、仕事へ戻るも、さっき見た光景、その顛末が気になって何も手につかない。
1件入っていた打ち合わせも、事情を知らない人でさえ「何かあったのか」と気を遣うほど上の空。
挙句、明らかに不自然な切り上げ方をして、女性の行った先を追いかけることに。
20mほど追いかけると、公園内のより深い草むらの中にさっきの命の詰め合わせがポツンと置いてありました。
女性の姿はなく、傘だけが仮住まいを守るように差されている状態。
「どうにもできないと諦め、でも後悔を残さない最大限の配慮をした上で帰ってしまったのだろう」と思っていると、先ほどの女性が赤い丈夫な箱を抱えて帰ってきました。
女性からすれば、必死で応急対応をしようとしているところに明らかに怪しいおじさんが登場するという展開。
しかも開口一番「あてはあるんですか?」なんて聞いてくる。
こちらも気が動転していたのです。
この場を借りて非礼をお詫びしたい。
決して怪しい者ではなく、先ほどのくだりを見ていた旨を説明した上で話を聞くと、「知り合いでどうにかしてくれそうな人がいるが、連絡がつかない」とのこと。
明らかに時間のなさそうな女性に対し、仕事を(無理やりに)切り上げ何の予定もない自分。
電車で帰ろうとしている女性に対し、徒歩5分のところに住んでいる自分。
「ここは自分が何とかした方がいいんじゃないのか」という謎の責任感が少しずつ持ち上がってきます。
しかも、鳴き声から5〜6匹と予測していた子猫の数は、蓋を開けてみればたったの3匹。
頭の中で勝手に見積もっていた「保護したあとの苦労」は一気に半分に減り、急に「何とかできるかもしれない」と思い始める。
「あてはあるのか」なんて偉そうに聞けるほどのあてなど自分にも全くないくせに、「今の時代、インターネットを使えば何とかなるだろう」と、今にして思えば無謀な奮い立ちを発揮し、勇気を出してその後の対応を申し出ることに。
事後報告用に名刺をいただいた上で、丈夫な赤い箱に子猫らを移し、両手で抱えてその場を後にします。
子猫といえど3匹。
丈夫な箱は丈夫なだけあってなかなかに重い。
雨は変わらず降り続いている。
自分の荷物を持ち、両手で箱を抱え、かつ濡れないように傘で守る。
文章ベースで課されたとしたら、「え、2本の腕でどうやってやるんですか?」と質問していたであろうミッション。
曲芸のような態勢でなるだけ揺らさないように歩き始め、徒歩5分のはずのいつもの家路は引っ越しを疑うほど遠く感じる。
その間もミャーミャーとわめき続ける子猫たち。
雨の音でいくらかかき消されはすれど、すれ違う人たちはこの哀れなおじさんをちゃんと「哀れなおじさんを見る目」で見てくる。
「今20%...今30%...よし半分...」と、登山のような心持ちでかつてないほど丁寧に歩き、ようやく我が家のエントランスまでたどり着く。
「頼むから誰も乗り合わせないでくれ」と祈りつつ、ペット不可のマンションのエレベーターはこの一時的なペットたちを順調に上まで運んでいく。
ようやく玄関を開け、赤い箱をおろしたときには、「自分も一緒に捨てられてたんじゃないか」と錯覚するほどずぶ濡れになり、疲れ切ってその場にへたりこみます。
今日は4月1日。エイプリルフール。
「誰かの悪い冗談」という説もまだ全然ある。
でも、どこを見渡しても当然カメラなんて見当たらないし、何度フタの間から確認しても、中には裸の子猫3匹が身を寄せ合っていました。

続く
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