おそるおそるで、初めての投稿だったvol.1。
諸先輩方からあたたかいコメントをいただき、本当に励みになりました。
頑張って続きを書こうと思います。
赤い箱の中で、心なしかか細くなった3匹の鳴き声。
ずぶ濡れで玄関にへたりこみ、ドッキリの可能性を疑い続ける中年男性。
前回はここまででした。
どれくらい時間が経ったのか。
しばらくの放心状態の後、人感センサーで灯っていた照明が暗転して我に帰ります。
「ひと息ついてる場合じゃないぞ」
ソーラン節のように天井を仰いで再び灯りをつけ、行動を開始。
これまでの33年間、動物の世話なんてしたことはありません。
ましてや、初めての挑戦がこんなに小さな子猫なんて難易度が高すぎる。
ただ、「一刻を争う事態である」ということだけはわかりました。
ここからは情報社会の強みを活かすフェーズ。iPhoneを手に取り、色々と調べ始めます。
今にして思えば「子猫 保護」だとか「猫 拾った」だとか、最短で答えにたどり着けるルートは色々あっただろうに、気が動転している自覚すらないおじさんが絞り出した検索ワードは
「猫 どうすれば」
ITテクノロジーは本当に使う人次第。
「Googleってすごい」と思ったのは、緊急事態で極端に語彙力が低下した人間にも優しいところ。
脳内をそのまま言語化しただけのこの乱暴な注文に対して、あれよあれよと出てくる先人たちの知恵と知識と体験談。
生後どれくらいかで多少対応は違うらしいが、「小さい」というバカでもわかること以外、今は正直わからない。
でも「とにかく体を温める」ということが急務だということはわかりました。
とりあえず暖房を入れ、リビングに赤い箱を移動させます。
いつになく機敏な動きで、部屋のあちこちに散らかった2リットルのペットボトルを集め、ラベルを剥ぎとって風呂場へ持っていきます。
(中略)
「熱すぎず。熱すぎず。」と呪文のようにつぶやきながら、ひとつずつ満タンになっていくのを見守る。
3本のあたたかいペットボトルとありったけのバスタオルを抱え、待たせていた客人の元へ戻ると何故か水をうったように静かになっていました。
嫌な予感がしました。
人間の赤ちゃんと同じで、「鳴いてるうちはまだ元気」だなんて思っていたから。
怖くなって一瞬フタを開けることをためらい、家にたどり着いてからの自分の行動が走馬灯のように頭を巡ります。
玄関で放心状態になっていた場面。あそこで貴重な時間をロスしてしまったのか。
これからすべきことを調べていた場面。あれをもっと効率よくできたのか。
風呂場でいつもの方向にコックをひねり、頭から冷水をかぶったあの場面。
「俺が先に死ぬぞ」なんて独りでぼやいていた時間が余計だったのか。(中略の部分)
おそらく1秒にも満たなかったであろうこの反芻タイムの終わりを待たずして、中でかすかに動く音がしました。
すかさずフタを開けると、「待ってました」とばかりに再びミャーミャー鳴き始める客人たち。
生きてた。よかった。
本当に行き止まりかと思った。
ふと、出会った公園でもそうだったことを思い出しました。
近づくまでは中に何かが入っているなんてわからないくらい静かで、フタに手をかけた瞬間にミャーミャーと全力で鳴き出す。
それはそうだよなと合点がいった。
今や全世界の共感を得られるであろう「体力に限りがある中で、非常事態がいつまで続くかわからない」という不安。
停滞する経済の中で「ランチ営業のみ」に舵を切るように、「チャンスに一点集中」の戦略をとれば生き残れる公算は少しだけ高くなる。
むやみやたらに鳴き続けてたらとっくに力尽きていたのかもしれない。
この子たちは自分の命を守るために、限られたエネルギーを効率よく使い、多くの飲食店オーナーと同じ戦略で未来をつなごうとしていたのだと思う。
「チャンスに一点集中」
命をかけたお前らの作戦は成功したぞ。
さっきまではゴミだったのに、貴重な生命線としてまさかの大抜擢を受けたペットボトル。
「熱すぎないよな?大丈夫だよな?」と空中に質問しながら、バスタオルにくるんで3つとも箱の中へ入れます。
「抱き上げてその上に移動させていいものか」
「そもそも素手でさわっていいんだろうか(お互いのために)」
なんてもたついていると、突然現れたぬくもりに一匹が気がつき、よたよたと近づいて、登った。
そのお尻を追いかけてもう一匹が登り、ほどなくして最後の一匹も登った。
ちなみに、3匹の姿をちゃんと見たのはこのときが初めてでした。
お母さんや兄弟や、もしかしたらいつか出会う人間の家族に愛されるためのふわふわは、すっかり濡れて体にはりつき、何も知らない人間にとっては「生身の体はこんなに華奢なのか」という驚きがありました。
再びiPhoneの出番です。
「タオルで拭いてあげた方がいい」「場合によってはドライヤーで乾かした方がいい」という記述を発見。
「日常用では二度と使えないんだろうな」と何となく察しながら、一番気に入っているふわふわのバスタオルを山から選びました。
好きなバスタオルの生地は、人間も猫もそう違わないような気がして。
「一匹ずつ抱き上げて丁寧に」という勇気はまだありません。
身を寄せ合って一つの動物になったかのような命のかたまりを上から包み、優しく揉むように水気をとっていきます。
そして熱風乾燥。風力重視で選んだ自慢のドライヤーを洗面所から持ってきました。
側面で強く主張する「MONSTER(モンスター)」という商品ロゴを見つめながら、「こいつは本当にこの場面に適しているんだろうか」としばらく悩みます。
でも、「手で温度を確かめながら遠くから当てれば大丈夫」と書いてあったので、愚直にそれを実行することに。
知恵袋だったかブログだったか、もう覚えてはいないけど、「日本のどこかで、自分の書いた台本通りに役を演じているおじさんがいる」なんて、書いた人は想像もしていないだろう。
また、何かの漫画で、猫がドライヤーに驚き飛び跳ねる描写を見たことがありました。
それを思い出してしまい、仕上げのために構えた手は強張ります。
家電のスイッチをONにするだけであんなにも息を飲むことはこれからもないように思います。
ただ、いざ熱風が吹き始めても子猫たちはこちらを見向きもせず、何の反応も示さない。
そういえば、ペットボトルを入れてからはもう鳴かなくなっています。
失われ続けた体温を取り返すのに必死だったのか。もう疲れ果てて、驚いてあげる元気もなかったのか。
少し拍子抜けしつつ、「じっとり」が「しっとり」になる程度まで乾かしてあげる中で、「"体温"に関してはもう大丈夫だろう」という安心感が少しずつ自分の中に芽生えてきていました。
同時に、「そろそろ次のことを考えなくてはならない」という思いも。
一般的な中年男性の家の冷蔵庫に、子猫が食べるものなんて入っているはずもない。
自分が食べるものさえ入っていないのに。
おそらく買い物にでなくてはならないだろう。
「しっとり」に仕上がったかたまりの上からランキング1位のバスタオルをかぶせ、一旦フタを閉じます。
写真の枚数は冷静さに比例すると思いました。
そして少し冷静さを取り戻すと、寒さの感覚も一緒に戻ってきます。
何だかもう色々ありすぎて、廊下もビチャビチャ。
ひっくり返した洗濯カゴからは、「バスタオル以外」が無様に散らかっている。
シャワーを浴びないと風邪をひいてしまう。
その前にこの部屋の惨状を何とかするべきか。
近くに動物病院はあるのだろうか。
近くにペットショップはあるのだろうか。
あったとしても、何時まで開いているのだろう。
そういえば、歩いて帰ってきたから自転車はオフィスに置きっぱなしだ。
またしばらくの放心状態のあと、「何からやろう」とグルグル考え、とりあえず現在時刻を確認。19時。
19時!?
公園での出来事からまだ1時間ちょっとしか経ってないの!?
一人で驚いている中年男性を尻目に、「はいカット〜!!」と言わんばかりに再び照明が暗転。
ちょっともう、ソーラン節を繰り出す元気もすぐには出ない。
とりあえずシャワーを浴びよう...
続く
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