昨年の7月11日に突然、みゃーちゃんは虹の架け橋へと渡っていった。原因は未だわからず。いきなりキャットタワーから落ちて癲癇を起こして、看病の成果もなく約2時間後に俺の呼び掛けに反応し、俺の方を向きながら「みゃあ…」と鳴いて俺の腕のなかで息を引き取った。
その瞬間が脳裏から離れず、この文章を書いている今も胸が締め付けられるように苦しく、そして切ない。
そんな昨日、一周忌を迎えたみゃーちゃんにと妻がみゃーちゃんの首輪の色と同じだった花を持ってきてくれて、線香に火をつけてみゃーちゃんに御供えをした。
一年も経てば少しは気持ちが和らいでくれるものと思っていた。否、そうなっていて欲しかった。
普段口にしないアルコールを口に含み、線香から流れていくラベンダーの香りの煙を目で追いていた。ありし日のみゃーちゃんのことを思い出しながら。
俺の中で昨年の夏の出来事は、忘れたくても忘れられない出来事となってしまった。あれから一年、俺の嗜好品であるチョコやケーキのような固形の甘味品を一切口にせず、自分の中で戒めた。みゃーちゃんに何もしてやれなかったこと。助けてやれなかったことへの自分への戒めとして大好きな甘味品を捨てた。
虹の架け橋へ渡るまえに苦しんでいたみゃーちゃんの気持ちを少しでも俺に分け与えて欲しくて、それから比べたら俺が甘いのを食べなくなったぐらい、何ともない。
以前に録画していたテレビから流れる吉川晃司の『あの夏を忘れない』が流れている時、線香は既に消えていた。それなのに、ふと線香の香りがした。
「あれ?いま、線香の香りがした…」
俺が言うと、その言葉に妻がこう答えた。
「みゃーちゃん、いま来てるんだよ。」
その言葉と『あの夏を忘れない』の歌詞が俺の脳内でシンクロし、我慢していたものが爆発してしまった。
とめどなく溢れ出る涙。それと共に口から漏れ出す嗚咽。唇を噛み、自分で自分を抱き締めながら身を小さくして隣にいた妻に悟られないようにしていたのに、感情を制御出来なかった。そんな俺のことを、ラベンダーの香りが優しく俺を包み込む。
俺の膝の上にちょこんと座りながら、たまに振り返り俺に優しくkissをしてくれたあの頃のように優しいみゃーちゃんの雰囲気をラベンダーの香りが醸し出してくれた。
「一年迎えたら、あとはもう甘いのを食べた方がいいよ。もう充分我慢したし、みゃーちゃんも喜んでくれてるよ」
俺のことを気遣ってくれて、たくさんの人達から皆そう言ってもらった。一年と言う節目を迎えて、俺自身もそうしようと考えていた。
でも、やっぱりまだ俺にはそれはしたくない。一年経過しても俺の中では、たかだか一年。もうしばらくは今のまんま、自分のことを戒めていたい。自分のことを苦しめることで『あの夏を忘れない』ことが出来るのならば。
みゃーちゃん。みゃーちゃんにはもう触れられないけれど、一生俺の大切な子だよ。俺がそっちに行ったら、また俺の膝の上に乗って、いつまでもいつまでも傍にいてね。





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