予防法も治療法もない致死率の高い病気。
ガツガツ食べて吐いちゃう猫だったつみれが、最近吐かないな!と思ったのは12月初旬ころ。
でも変わらずキッチンでおねだりをしたり、元気だった。
中旬ころに、痩せたな~と思ったけど、変わらずけんちん汁まで食べようとしてた。
クリスマスころに絨毯に赤いシミをみつけたけど、何かも、もずくかも、つみれかもわからなかったし、二匹とも元気だったので、つみれの涙(鼻が悪かったので)くらいに思ってた。
年末、私が胃腸風邪で寝込んでると、今度は玄関と猫トイレの脇で血尿らしきものを見た。もずくは元気モリモリだったので、おそらくでつみれを大晦日に開けてくれた近所の動物病院に連れて行ったところ、尿路結石と療養食を沢山持たされて帰ってきた。
この日つみれはカリカリをぜんぜん食べなかったので、大好きな猫缶を買ってきたら喜んで食べてたのに、療養食となったからかドンドン食べなくなった。
でも、世間はお正月。私の胃腸風邪もなおったころ、やっぱり食べないつみれに尿路結石じゃないんじゃない?と疑問をもって、つみれが捨てられていた動物病院に連れて行ったのが1月7日。
朝連れて行ったけど、全身検査するので、夕方迎えの半日検査入院のはずが、夕方には点滴で血糖値を維持してた。
血糖値だけでなく酷い貧血、肝臓も腎臓も悪い。
先生が可能性としてFIPと予見した。
でも、この病気は検査が外注で、結果に5日。このまま帰宅したら、低血糖と貧血で命を落としかねないから、輸液で血糖値を維持しながら強制給餌することになり、入院生活が始まった。
翌8日の朝は少し食べたり水は飲んでた。私にゴロゴロスリスリしてくれた。
夕方は食べないので鼻から強制給餌されてた。
でも、頭を上げたり、ゴロゴロ言ってくれた。
9日は朝から仕事で出かけたけれど、ついた頃に病院から電話。
貧血がひどく輸血が必要。もずくを連れてすぐ戻りました。
暴れまわるもずくを眠らせ、65ccの血を採り、つみれへ。
それでも持つかどうかはわからず、輸血後連れ帰るか判断を迫られた。
家では血糖値を維持できない。でもダメなら家で看取りたい。
私はおいて帰ってきた。治るために輸血したんだもん。命をつなげると信じたんだもん。信じる。とつみれを残した。
輸血が終わるのは夜10時半ころ。
11時ころ、私はお風呂に入っていた。マンションで窓がないお風呂に風が吹いた。「あ、つみれが来た」絶対そうだと思った。
翌日、開院前に病院に行った。すぐにつみれのケージへ。つみれはもう意識はなかったけど、私の呼びかけに大きく尻尾をふり、抱き上げると深呼吸するように息をひきとった。
待っててくれた。
先生の話では、輸血が終わったころから、何度も昏睡になり、神経症状がではじめた。危篤になったと。
やっぱり前日の風はつみれ。一晩私を待ってくれた可愛いつみれ。
亡くなった翌々日、先生の予見通り猫伝染性腹膜炎と連絡があった。
この病気の存在すら知らなかった。だから先生が何を言っても現実感がなかった。連れて帰れば良かったと、自分を責めた。
信じられず、なんども亡骸を抱き上げて声をかけたけど、硬く冷たいつみれ。
諦めるしかないこと。
後でスピリチュアルな人に聞いた。
戻らなかったのはつみれの意思。まだ理解できる年齢ではない娘に、最期を見せない。私が悲しむ姿を娘に見せない。娘を守るつみれの愛情だったと。
でも私の事は恋しくて、待ってたと。
しっかりしなきゃ、つみれの遺志に背いちゃう。
亡くなった私より、あなたのまわりの今の命をちゃんと見なさい!とつみれは教えてくれてるのだと思う。
つみれ、偉大な猫でした。

最近のコメント