どうしても憤った事があったので転載させて頂きます。
とても悲しい事です、2度とこのような事が起こりませんように…
以下、記事転載です。
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<動物のことをやりたいなら他へ行け
~栃木県動物愛護指導センター・栃木県生活衛生課~>
山崎さんがパワハラで亡くなって以降、
その記事のアメブロなどの内容が削除されています。
以前も県の生活衛生課の職員の横暴をUPしたら、
その団体様の記事が消されるなどのことがありました。
もし、お気持ちがある方がいたら、
シェアはもちろんですが、
画像ごと元記事をコピペしていただければと思います。
消されたくない記事なのです。
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長年、栃木県の動物行政の中で、動物たちのために
孤軍奮闘されていた山崎 重寿さんが
職場のパワハラで自殺されました。享年 50歳・・・
以前から、栃木県動物愛護指導センターの
上部組織でもある栃木県生活衛生課の現課長には
他の人もいる席でだったり、また、センターの上層部から
事あるごとに呼び出されてはパワハラを受けていました。
でも、センター犬で唯一の家族でもある
「花子」が生きている間は
頑張るというのが山崎さんの口グセだったのですが・・・
4月14日 山崎さんは職場のお休みの日でした。
午前中にいつも通り、犬のお散歩ボランティアを終え、
お帰りになったそうです。
4月14日の 午後、突然、各方面の
携帯に着信やメールなど、山崎さんから連絡が入りました。
長年、レスキューで頑張ってきたある方へのメールには、
「急遽ここを離れることになりました
○○さんには、ワンコのことで大変お世話になり、
いつも感謝していました。
どうかこれからもワンコの達のために頑張って下さい
ありがとうございました」
家族同然のお付き合いをしていた方へは
感情が高ぶった様子で、電話があり・・・
職場に急に呼び出されて行ったら
(栃木県動物愛護指導センター)センター長と総括から
携帯を見せろ、(塩谷町の現場の)
団体に情報を流したのはお前だろうと言われたこと。
もう動愛は辞める。お散歩にはもう行けない。
花子(センター犬で山崎さんの愛犬)のことを
よろしく頼む。と電話が切れたそう・・・
こちらにも何回か着信が入って
ただ事ではないのが分かったのですが、
電話でお話しできたのは夜でした。
山崎さんは
携帯を見せるように言われたこと。塩谷町の現場について、
公務員しか知りえない数字を
団体に横流ししたのはお前だろうと
濡れ衣を着せられたこと。
反論はしたけれど信じてもらえなかったこと。
そして・・・動物たちの置かれた環境改善のために
頑張っていた山崎さんを普段から煙たがっていた
センター長と総括たちに・・・
「ここは動物のためじゃなく、人間のための職場だ。
そんなに動物のことがやりたいなら他へ行ってやれ」
と言われたそうです。
この日、山崎さんは職場を辞める決断をし、
とりあえず、明日から休むと言ってセンターを出ました。
死ぬ覚悟をして・・・
その塩谷町の数字は、町役場の職員2名と
栃木県動物愛護指導センターの係長が
団体に話した数字でした。
そして、隠すような秘密の数字でもありません。
栃木県生活衛生課と、栃木県動物愛護指導センターは、
自分たちにとって「ヤバい現場」を
外部に知られたくなかった一心で
いつも情報隠しをしていました。
そして、団体側や報道が動くたびに、
情報を漏らした人間を探す犯人捜し・・・
そして、ついに現場を解決する努力もせずに
自分たちの保身のために・・・
濡れ衣を着せて、人を一人殺したのです。
私も現センター長が栃木県生活衛生課にいたころ
その情報をどこで知ったのかと聞かれたことがあります。
どこで知ったかなんてそんなに大事ですか?
山崎さんのことは全く存じ上げない頃でしたが・・・
前センター長も問題解決に尽力してくださっている
先生方との人間関係を詮索したり。
そんなことが何かに役立ちますか?
山崎さんに身寄りがないのは知っていたから
自殺に追い込んでも公務労災にもならないことは
生活衛生課課長もセンター長も計算していたでしょう。
居場所とやりがいを奪い、自分を否定され、
唯一の家族である花子との時間も奪われて
山崎さんは生きていけるわけなんてなかったのも
栃木県動物愛護指導センターの
みんなが知っていたはずです・・・
だからこそ、14日、山崎さんがいなくなった後、
センターの職員が朝と夕と
山崎さんの自宅を見に行っていたのでしょう。
センターは山崎さんを追いこんだら
「何かが起きる」ということを知っていたのです。
山崎さんは身寄りがいないばかりに、
火葬は宇都宮市生活福祉課が担当しました。
そして、その火葬の立ち合いには追い込んだ側の
栃木県生活衛生課、
栃木県動物愛護指導センターの職員ばかり・・・
もちろん職員の中には心ある人はいたでしょう・・・
しかし、追い込んだ側の栃木県生活衛生課課長と
動物愛護指導センターのセンター長の
「こいつ面倒くさいことしやがって」という
逆に被害者面をはっきり見ることができました。
葬祭場に団体側の人間がいるのを見つけて
固まっていた上層部。
騒ぎになる前にと会葬時間よりも早く、
さっさと火葬を開始しようと、上層部の判断で
山崎さんを窯に入れるような対応をしました。
駆け付けた団体側が会葬開始時間よりかなり早く
火葬がはじまっていることを抗議すると
栃木県動物愛護指導センター長が
「会葬案内を出していないお前らが何で来るんだ!
帰れ!」と怒鳴ったこと。
殺した人間が、山崎さんがお別れの挨拶を言っていた側の
人間に言うことですか?
団体側に会葬案内は来ませんでした。
山崎さんの死を闇から闇へ葬るために。
山崎さんももしかしたら覚悟していたかもしれません。
私たちに迷惑をかけないように、
負担をかけないように
そういうことを気にしていた人だったので。
今回のことで、各団体は情報や話を集めました。
山崎さんは不遇な育ちで、身寄りがありませんでした。
自分のことをかたくなまでに語らない人でしたが、
幼いころに親戚に預けられ、
悪いことをすると犬小屋に閉じ込められていたこと。
きっと、ここで犬たちと仲良くなったのだと思います。
そして、自分も不遇な育ちで
身寄りがなかったからでしょう・・・
心から・・・本当に心から・・・
センターに収容された動物たちに
心から寄り添える人でした。
動物たちの適性判断は職員の誰よりも正確。
そして、いい子だから助けてやってほしいという
お気持ちの中で、団体側やレスキューされている
個人の方との交流がありました。
譲渡されてセンターを出る犬や猫には、
抱っこして、頭を撫でてやって
「おまえ、良かったな~幸せになれよ」と。
そして、私達には深々と頭を下げて
「助けてくださって、本当にありがとうございました。
この子のこと、どうかよろしくお願い致します。」
とても丁寧で、優しく、
お人柄がにじみ出る対応でした。
それだけのお付き合いでしたが・・・
でもそれが上層部に疑われる結果となり・・・
事件が起きました。
私たちはかけがえのない人材を失ってしまったのです。
だからこそ、県内の団体全部、そして個人的にでも
助けてもらったいのちとご縁があった方たちが
ここまで山崎さんの死を悼んで、動いているのです。
おそらく皆様も目にされたことがある
栃木県動物愛護指導センターの収容動物情報。
そこにも小さないのちのための
山崎さんの細やかな配慮がありました。
センターに行った時に、
私たちがわんこを出すときの判断材料で、
抱っこされていたり、素手で触っている
収容動物情報の画像を見て、
この子は大丈夫そうだと思って選んだと話したら、
山崎さんはにっこり笑って、
「ワンコは汚くない、それに素手で触っている写真だと
噛まないとか分かるでしょう?
俺が抱っこしていれば、噛まないとか可愛いとか
いい子だってみんなに分かるじゃないですか!」と・・・
聞けば、職場の申し合わせなどではなく、
山崎さんの想いで自分がやっているだけとのこと。
その時に初めて、収容動物情報ひとつとっても
動物たちのために少しでもチャンスを広げようと
私達でも気が付かないようなことまで気を配って
努力していることを知りました。
ちなみに彼が抱っこしていた犬は
私たち団体側が手を出す前に
一般市民から希望が出て、一般譲渡で決まっていました。
彼は本当にたくさんのいのちをつないできていたのです。
上三川の犬達は共食いばかりがクローズアップされ、
なかなか譲渡先が見つからず、山崎さんが
いつか処分されてしまうのではないかと恐れていた
上三川の虐待犬。新聞社からの取材で
犬を抱っこして見せていたのも
そんな想いがあったからでしょう。
いい子ですよ、抱っこできるし、可愛いよって・・・
上三川の虐待犬達は、劣悪な環境下で
糞尿のヨロイが体表面にガッチリ付いていて、
シャンプーどころかバリカンも入らない状態の
犬達でした。シャンプーも何もしていないのに
ここまできれいにしたのは山崎さんだったそうです。
本当に汚い状態の犬達でしたが
抱っこして、触って、そして自然にヨロイが取れて
キレイになって・・・
犬達の心のヨロイも取れて改善していったのは
山崎さんだからこそできたことです。
収容施設に勤めていた時は、
せめて殺処分場に送られる前まで、
自分のところにいる間はと、
自分のポケットマネーで動物たちのベッドを購入し、
特別においしいおやつやフードをあげていたそうです。
私も県南ドッグセンターは環境がいいと
話は聞いたことがありました。
もしこういった配慮がなければ、
度々皆様がご覧になる栃木県ドッグセンターのように
濡れた冷たくて固いコンクリート床に
死ぬまで置かれるだけの犬達だったに違いありません。
体を休めたくてもぬれた固い床の上だけ。
寒くても寒さをしのぐことさえできない環境・・・
彼はどうしてもその環境を見過ごすことができず、
個人的にできる限りのことをしていました。
「俺のところにいる間はせめて不自由させない」と。
でもこの件でさえ、上層部からは特別なことをするな!と
ことあるごとに注意されていたそうで、そのころから
俺は職場の厄介者だからと言っていたそうです。
彼は、私たちでさえなかなかできないくらいの
ぜいたくおやつなどをたくさん準備し、
動物たちのために自分のポケットマネーをはたく割には
自分は質素な生活で・・・
朝早くにセンターに行って、身寄りのない彼の
唯一の家族でもあるセンター犬の花子との時間を取って
お世話をしてから通常業務。お仕事が終わったら、
自分がお願いして助けてもらったわんこさんたちの
お散歩のボランティア。
帰りにスーパーやコンビニでおつまみを買って
ビールを飲む。
唯一の家族でもある
花子との時間を何よりも楽しみに大切にしていました。
二人でいるのを見ただけでも、
誰が見ても分かるくらいの特別な絆だったそうで・・・
小さないのちに寄り添い動物たちのためにと頑張り続け、
組織がいい方向になるようにと
働きかけを続けていた職員に対しての仕打ちが
彼から、やりがいや居場所を奪い、否定し、
身寄りのない彼の唯一の
家族を奪うことだったのです・・・
山崎さんは最後の電話の中で、
「中から変えようと思って頑張ってきた。
中から変える必要があると思っていた。
中に自分がいる意味があると思って頑張ってやってきた。
でもダメだった・・・もうダメだ・・・
俺は負けたんだ・・・
もう二度とセンターの門はくぐりたくもない。
あんなところ二度と行きたくない。」
と・・・
濡れ衣を着せられたことを怒りもしなかった山崎さん。
それよりも何よりも職場に対して常々持っていた疑問、
捨てられて収容された動物や、悲惨な現場に向き合わず、
情報が漏れたのではないかと犯人捜しをしたり、
動物たちのためにと何かやれば、
余計なことはするなと潰されていく職員たち・・・
俺は負けたんだと繰り返す中には、
職場のあり方にただただ絶望していることしか
伝わらなかったです・・・
職場を辞めるということは
唯一の家族でもある花子と別れるということ。
今までは、花子が生きている間は
ここで頑張ると言っていた山崎さん。
ついに心が折れた時でした・・・
居場所ややりがいを奪われて、自分を否定されて、
身寄りのない山崎さんにとって唯一の家族でもある
花子と離れて生きていけるわけがなかったのに
こちらもその時点で気が付くべきでした。
栃木県の動物行政の上層部はそのことを知った上で、
そして・・・
身寄りがないことをいいことに追い込んだのです。
身寄りがなければ、労災にもならず、おとがめなしです。
そして私たちに知らさなければ
彼を闇から闇へ葬ることができました。
山崎さんは自殺する直前の最後の電話で
遺言ともいうべきお願いをしました。
●山崎さんが家族同然だったお付き合いをしていた人
その動物たちを守るような配慮をすること
●上三川の虐待事件現場からレスキューされた犬たちで
自分がトレーニングしていた犬達が
殺処分されたりしないようにすること、譲渡先の確保
●これからもできる限り動物たちを助けてほしいこと。
●栃木県の動物行政は変わって行ってほしいこと。
いのちや現場に向き合ってほしいこと。
そして最後に一つだけ・・・。彼のわがままなお願い。
唯一の家族でもある花子のことをお願いしますと・・・
本当に最後の最後まで、自分のことより
小さないのちに寄り添う人でした。
センター犬でもある花子ちゃんは今14歳くらい。
花子が子犬のころから
山崎さんがハンドラーとしてついた犬だそうです。
身寄りのない彼にとって唯一の家族で、
花子のことをよく娘だと言っていました。
びびりな子で山崎さんをはじめとする
ごくわずかな人にしか心を許さないわんこさん。
私は花子のことお願いしますって言われても無理だよ、
会ったことがないし、びびりな子なのだから
山崎さんがいないとダメだよ、大体、山崎さんだって
花子がいないとダメでしょうって言ったら・・・
山崎さんは、穏やかにやさしく一言。「大丈夫だよ。
どこにいてもいつか虹の橋で会えるから・・・」
絶望の淵でも忘れることがなかった花子のこと。
でももう会えないとなったときの
「いつか会える」は彼のわずかな希望でした・・・
彼の引っ越しはいつも一時間で済む荷物だったそう。
ご自宅にはテレビとお布団だけが残っていたそうで
着替えやタオル歯ブラシなどの
日用品もなかったようで・・・
ごみに捨てたのでしょうか。
あちこちにご連絡をしてお別れのあいさつをしながら
大きなものだけを残し、部屋の後片付けをして、
車に乗って最後の場所へ向かった山崎さん。
きっと、家族同然だった人のおうちを通って、
いつも犬達とお散歩していたルートをたどってから
最後の場所へ向かったはずです。
最後の場所も私たちの知っている場所でした・・・
皆様にお願いがあります。
山崎さんのような小さないのちに寄り添う職員が
いのちを絶たなくてはならない職場や、
この現状を変えたいと思います。
こういう職員がやりがいを持って
笑顔で仕事ができる職場へ・・・
私たちは改善していきたいと思います。
今の栃木県の現状を変えるためにも
皆様の声を届けていただけないでしょうか?
下記の手法のいずれかで要望していきたいと思います。
~*~*~*~☆知事にアクセス☆~*~*~*~
http://www.pref.tochigi.lg.jp/…/kouh…/iken/chijiakusesu.html
提案の方法
1.ホームページ上での提案方法
提案フォームへのリンクを開くと入力画面が表示されます。
2.電子メールで提案する
メールアドレス:teian@pref.tochigi.lg.jp
3.郵送又はファクシミリでの提案方法
①郵送送付先
〒320-8501
郵便番号のみで住所の記載は必要ありません。)
栃木県広報課「知事にアクセス」受付係
②ファクシミリ送付先
FAX番号:028-623-2160
☆お問い合わせ:広報課☆
〒320-8501 宇都宮市塙田1-1-20 県庁舎本館3階
電話番号:028-623-2158
ファックス番号:028-623-2160
Email:kouhou@pref.tochigi.lg.jp
下記、要望内容です。
これに皆様のお気持ちを
付け加えていただければ幸いです。
~*~*~*~*~要望内容~*~*~*~*~
1.動物行政の上層部の更迭
この度のパワハラによる自殺の直接の原因となった
栃木県生活衛生課 課長と
栃木県動物愛護指導センター センター長の
更迭を求めます。
これは、自殺事件の直接の原因の
責任を取らせるという意味合いよりも、
人材を生かせなかった管理職のトップとしての責任と
上層部に逆らえば、今度は自分が追い込まれると
恐怖心を感じている、今の職場環境の改善、
似非愛護のNPO法人や鹿沼市の登録取消の動物取扱業者
上三川の虐待事件、安楽死用薬品紛失事件、
塩谷町のアニマルホーダーの現場など
様々な現場の対応の遅れ、
また、収容動物のオスメス間違いなど基本的なミスや
あってはならない感染症が頻発するなど
度々、外部からも注意を受けているにもかかわらず、
改善がないことについて
責任を取っていただきたいということです。
なによりも小さないのちや都合の悪い存在を
殺す、排除するという思考は危険であると同時に
その管理職の能力不足でしかありません。
これを機に真に人材を生かす職場に
生まれ変わっていただきたいです。
2.収容された動物たちの場所の環境改善と、
収容動物の生存の機会拡大をお願い致します。
①殺処分場でもある栃木県ドッグセンターには
床にすのこなどを敷くこと、
四季を通じて、マットなどを敷いて、動物たちが
体を横たえることができる環境つくりをすること。
現在のように冬期はマットを敷いてもらえるけれど、
春からは濡れた冷たいコンクリート床に直接、
身を横たえる現状が改善されることを願っています。
②殺処分場でもあるドッグセンターの
過酷な環境の改善と、生存の機会拡大のために
新しく長期の保護管理ができる
譲渡用の施設新設をお願い致します。
必要であれば、そのための基金を創設してください。
ドッグセンターは冬期マイナス10度以下です。
養豚マットなど熱源があるということですが、
大部屋で使用されているのを見たことがありません。
また、現在、法律にある適正保管の基準を満たすとは
到底言える代物ではなく、
建物の構造的にも室内保温が難しいため
作り変えることが必要です。
また、隔絶された山の上にあるため、人目につかず、
譲渡のチャンスそのものが少ない環境です。
職員も栃木県動物愛護指導センターと
栃木県ドッグセンターの二手に分かれてしまい
結果的に動物たちの保護管理が満足に行えない結果、
様々な問題が起きています。
ドッグセンターにいる嘱託の獣医師職員も高齢であり、
臨床経験自体がなかったりと、
実際、人材不適だったりします。
人材が集積されている場所での
管理の一元化をお願いしたいです。
最終的には、全国的な流れに沿って、
市街地の中、または近くなど、人が訪れやすい場所で、
殺処分される施設ではなく、収容された
「動物たちがセカンドチャンスを得る新しい施設」が
できることを強く望みます。
3.職員の研修を行ってください。
動物の管理にあたって、必要な臨床経験を積むこと、
収容場所や業務改善のために
必要な研修を受けてください。
またその研修内容を職場全体で共有し、
きちんと業務に反映させてください。
オスメス間違いの頻発などあってはならないことです。
4.民間と協働してください。
自分たちにとって都合のいい団体との協働ではなく、
活動実績があり、活動している県内の民間団体との
共働を強く望みます。
現在、県内で抱えている問題を
お互いの信頼関係の中で
一緒に解決して行く必要があります。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
最後になりますが、国には、
収容された動物たちのための
収容場所の基準を作っていただきたいです。
行政の収容場所であるにもかかわらず、
動物たちの「5つの自由」が守られていない
不適正な収容場所がまだあります。
山崎さんは美しいものを美しいと感じる心があって
自分の信じた道を行った純粋な人だからこそ
壊れてしまったのだと思います。
自分の信じる道でしか生きられなかった
不器用で、本当に純粋で優しい人でした・・・
不遇な少年時代、
そして身寄りがいなかったからこそ
捨てられた動物たちに心から寄り添えた優しい人。
孤独の中で生きてきたからこその優しさ。
自分を見失わない強さ。
大好きだったというStingの
Shape Of My Heartを思わせるような生き方。
あなたは負けたんじゃない。
自分の信じる道を譲れなかっただけ。
自分の信じる道でしか生きることができなかっただけ。
なんて優しい、不器用な人・・・
そしてこれからは一人じゃないから。
だから、今度こそ、一緒に行こう。
全国のセンターや保健所の職員が
いつかこんな素敵な笑顔でお仕事できるように
一緒に変えていこう。
これからもみんなで頑張ろう。
山崎さんは4月14日に栃木県動物愛護指導センターで
上層部のパワハラを受けた後
同日4月14日の夜に亡くなりました。
ご遺体が発見されたのは、日が経った
4月20日・・・
警察に収容され、検死後、
火葬され、納骨されたのは5月14日。
身寄りのない彼は、自分を追い込んだ
栃木県動物愛護指導センター側の人間によって
送られることになり、そして無縁仏として
御遺骨は宇都宮市内の霊園に納められました。
せめて、皆様には
彼のような職員がいたことを知ってほしい。
彼のような職員がやりがいをもって素敵な笑顔で
動物のために寄り添って働ける職場になってほしい。
全国のセンターや保健所が彼のような人材を生かし、
動物たちへセカンドチャンスを与える場に
生まれ変わってほしい。
私たちの切なる願いです。
画像1枚目。
山崎さんが助けてほしいと言って
レスキューされた秋田犬とお世話をする山崎さん。
彼の人柄が伝わる素敵な笑顔です。
これを彼の本来の職場で見たかったです。
画像2枚目
山崎さんが助けるきっかけを作った秋田犬との
お散歩ボランティア風景。
とてもうれしそうな犬たち。
意気揚々とお散歩です。
画像3枚目
山崎さんが描いた素敵なスケッチ画。
実はとても絵を描くのが上手でした。
画像4枚目(容量の問題で掲載できませんでした)
彼がトレーニングしていた上三川の虐待事件で
レスキューされた犬と。
皆様、どうかよろしくお願い致します!
山崎さんのことを私たちは絶対に忘れない。
心からの感謝と共に・・・
…この記事が消えた場合は何者かに「消された」のだと思って下さい。
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