毎日病院に会いに行き、その頃にケージに入ったままのむうたをかなりさわれるようになっていました。
むうたも私の姿を見ても、威嚇してくることもなくなり、落ち着いています。
その日もいつものように、むうたにたくさん話しかけ、たくさんなでて、名残惜しいながらも帰るためにケージを締めて立ち上がりました。
その瞬間、
「にゃ〜ぁ」
かなり小さな声ですが、むうたが鳴いたのです。
今まで、うちに通って来ていた時も、病院に連れて来られた時も、決して鳴かなかったむうた。
猫が鳴くのは人間に対してだけ、と聞いたことがあります。
今まで、ひとりぼっちで生きてきたむうたは、誰に話しかけることもなく、何かを訴える相手もなく、わざわざ鳴く必要がなかったのです。
そんなむうたが、はじめて私に向かって鳴いたのです。
その声はまるで
「帰らないで。まだ一緒にいてよ。一緒に連れて帰ってよ」
と言っているようでした。
「むうた、ママに話しかけてくれたの?ママにいてほしいの?」
むうたは私の顔を見て、また
「なぁ〜、なぁ〜」
と鳴き続けています。
「むうた、そうだね。早く帰ろうね。むうたのおうちに帰るんだよ。ちまちゃんも待ってるからね。むうたはママの家族になるんだよ」
後ろ髪引かれる思いでその日は病院を後にしました。
そしてむうたが入院して2週間が経ちました。
11月21日、去勢手術も済んで、いよいよむうたが退院できる日が来ました。
お口はまだよだれだらけで、ドロドロですが、難治性口内炎のため、今はこれが精一杯なんだとか。
手脚もよだれでガピガピで体臭もかなりのもの。
それでも、今日からうちの一員です。
「1週間後に去勢後の抜糸に来て下さい。もちろん、それまでに調子が悪くなれば、連れて来て下さい」
そう言われて、むうたと一緒にいざ家へ。
車の中では、キャリーの中で少し鳴いたりしましたが、比較的落ち着いていました。
そして、うちへ。
むうたが寝ていた居間に、むうた用のケージを置いていたので、帰ってすぐケージに移します。
おどおどしながらも、中にあった猫ハウスにすんなり入ります。
「今日からここがむうたの家だよ。しばらくはケージの中だけど、慣れたら出ていいから、少し我慢ね」
その日から1日1時間はケージの外に出して、部屋の中で自由に。もちろん、部屋は閉め切っています。
いつも入り込んでいた部屋なので、あまり違和感はないようです。
さわられても、嫌がりません。
これなら大丈夫かな?
すぐに慣れてくれるよね。
むうた、大丈夫だからね。

そしてむうたが家に来て4日目。
いつものように、ケージからむうたを出して様子を見ていると、
今まで以上に部屋の中をウロウロ、グルグル。
「なんか今日は落ち着きないなぁ」
そう思いながらも、刺激しないように少し離れてむうたを観察。
むうたがいつも外から入ってきていた引き戸の方に向かっています。
「ん?」
あっと言う間でした。
むうたは引き戸を開けて部屋から出てしまったのです。
さも、
「ちょっと急ぎの用があるから、行くね」
と言わんばかりに、ものすごい速さでした。
慌てて追いかけたときには、すでに猫ドアから外に出た後。
姿はありません。
「え…?逃げた…?」
呆然とする私。
どうすることもできませんでした。
「どうしよう。ちょっとお出かけしただけかな?お腹が空いたら帰ってくるかな?探したら見つかるかな?どうしよう、どうしよう」
その日はもう外も暗くなっていたので、探しに出ることはできません。
次の日から、むうたがごはんを食べていた場所にごはんを出してむうたの帰りを待ちます。
ですが、次の日も、また次の日もむうたは姿を見せません。
突然捕まって、病院に連れて行かれ、何日も狭いケージで過ごして、やっと帰ってこれたと思ったら、またケージに閉じ込められて。
良かれと思ってやっていたことでも、理由のわからないむうたには、自由を奪われて大変な苦痛でしかなかったのです。
自分の価値観でしか考えてなかった私。
むうたの気持ちを考えてなかった私。
余計なことをしないで、そっとしておいてあげれば、今まで通りごはんを食べに来て、少なくともお腹を空かして寒空の中に飛び出すことはなかったのかもしれません。
「むうた、ごめんね。嫌だったんだね。ごめんね。帰って来て、むうた」
むうたは帰って来ません。
後悔と反省。
「お腹を空かしてるんじゃないかな?」
「11月も終わりの寒空の下、震えてるんじゃないかな?」
「どこで寝てるのかな?」
そんなことを考えると、夜も心配で眠れません。
そして、むうたが逃げ出してから3日後、母が亡くなりました。
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