今まで、彼女の全てだった、温かな世界は、突然魅力を失った。
母の優しい抱擁も、兄の甘いキスも、
全てが突然、魅力のない、子ども時代の色あせたおもちゃのように見えた。
体を包む柔らかな毛布を脱ぎ捨てて、
ちろちろ燃える赤いストーブの火の前の
お気に入りのクッションから立ち上がって、
ドアを開けなければならない。
私は、外の世界を知るべきなんだと、彼女は思った。
扉を開けて! 扉を開けて! 外に行かせて!
お母さん、ミルクなんか要らない。
お母さん、頭なんか撫ぜないで!
これは、命をつなぐために、私の中に植えつけられた強固な記憶。
めんめんと続く命の理。
おかあさん。。聞いてちょうだい! 空ね。
ちょっと、お外でボーイハントしてくるわ!

扉を開けて! なぁ~お なぁ~お なあぁ~お


先日、予防接種に行った時に、動物病院の先生が仰っていた。
そろそろ発情期です。兆候が見えたら、避妊手術をしましょう。
ハァ・・明日は、予約を入れなければと 思いながら、
なんだか、ごめんと謝りたくなる。
人の社会で、生きていくために、猫の避妊や去勢は、飼い主の常識と
なりつつあるが、同じ一つの命として考えると、なんともやるせない。
避妊手術が終わった時、空の目に映る世界は、色あせてはいないのだろうか?
三寒四温の冷え込む雪の日。
寒い玄関先で泣きわめく空をみながら、
真っ白い雪の上に、丸い肉球の跡をつけて、
外の世界で深呼吸する空豆を想像する。
最近のコメント