ごめんね
きみはきっとお母さんにはもう会えない…
兄弟にも、トモダチにも…
ここはとっても狭くて…
とっても小さな世界だけど…
私たちと一緒に生きていこうね…
これからずっと…
あっという間だった。
その日の夜、義妹は車から降りると、仔猫の入ったキャリーを受け取り、義妹はなにやら大きな格子状のパネルを車から降ろし、あっという間に二階のリビングにケージを組み立ててしまった。

置き場はキッチンと一体になったカウンターの下に決まったが、ケージに天井をつけるとカウンター下に入らなくなってしまうので、天井ははずして押し込むことになった。カウンターの天板がちょうど天井くらいの高さで屋根のような状態になり、わずかに隙間はあったが、推定生後4カ月の仔猫で、足に重傷を負ったこのコが、ケージを登って、この狭い隙間から逃げ出すこともあるまい、ということになったのだ。
ケージの中には吸水シートと猫砂の入ったトレイとエサ入れと水の器がセットされ、完璧な仔猫の住処が出来上がった。
カウンターの下はひんやりと暗めで、仔猫のプライベートが確保されている(ように私には見えた)。元々デッドスペースだったし、場所もとらない。置き場としては完璧だ。
初めて飼う猫で、しかも交通事故でケガ…
不安だらけの私は弾丸のように義妹に質問を浴びせたが、義妹はそのすべての質問に丁寧に答えて、さらに、なにかとアドバイスをくれた。
夜も遅かったので、義妹は帰っていった。
予備の猫砂を数袋と餌と給水シートを置いていってくれた。
猫は義妹が去ってからといって様子が変わったりはしなかった。というのは、義母も、義妹も、里親が見つかったときに、自分たちに懐いてしまっていると、譲渡先の家で、そこに慣れるのに苦労するかもしれない…という理由で、過剰にかわいがったり、遊んだりすることを避けていたというのだ。とにかく猫側の立場にたった徹底した態度に私は敬服した。
義妹が、慣れるまではあまりケージから出さないほうがよいと言ったので、私たちはそれを守ることにした。
このコとのコミュニケーションはケージ越し、鼻の上や、額を軽く撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めて、泣いていたのがおとなしくなる…
なんていじらしいんだろう…
寂しくて泣くんだろうか…
早くケージから出してあげたいところだが、足の怪我を悪化させてはいけない。獣医から何か指示があるまでは、言われたことは極力守ることにしよう…
一日一回、寝る前に化膿止めの薬を飲ませる。水に溶かした薬をスポイトで、直接口に運ぶが、うまくできなかった。
主人は意外とうまくて、手際よく薬を飲ませた。さすが、よく慣れている…
主人は翌日仕事があるので、私よりだいぶ早めに床についた。
私は洗濯して、風呂をすませるまでの間、リビングにこのコを残していかなければならなかった。
心配だったので、なるべく洗濯も風呂も早めにすませた。
洗濯物のかごをかかえて二階のリビングに上がった。
いつもだいたい私が洗濯を終えたときには主人は就寝していることが多い。
今日はリビングに待っているコがいる…
私は少し浮かれていた…が、
ケージを覗くと頭が真っ白になった…
ケージの中にいない…いったいどこに?
生後4カ月の仔猫をバカにしていた!
仔猫はケージをどうにかして脱出していたのだ…
キッチンのゴミ箱の裏、テレビ台の下…
そんなに広いリビングでもないから探すところは少ない…
2階をくまなく探したが、見つからなかった。
階段に続く引き戸がわずかに空いている。
あの小さな仔猫が引き戸の隙間をこじあけたのか…
私は階段を降りると、たやすく仔猫は見つかった。
薄茶色の丸い毛玉が玄関の隅で震えている…
よかった、見つかった…
私は恐る恐る手をのばし、このコをつかもうとした……が、仔猫は機敏に反応し、私の手をすり抜けた。
追いかけると、玄関の靴を次々と蹴り飛ばし、寝室の引き戸にぶつかって、狭い玄関の廊下をものすごいスピードで四角く駆け回った。
走り続けている間は、絶対つかまりそうもないスピードだ。
さきほど降りてきたであろう階段を今度は猛スピードで駆け上がった!
足に何かあったらどうしよう…私は泣きそうになりながら、名前を呼んで追いかけた。
このコにはまだなじみのない名前…
「コタちゃん!お願いだからもう走らないで!!」
今度は2階のリビングを四角く数周走ると、驚いたことに、出窓になっている腰窓の窓台にジャンプし飛び乗った。
追いつくと、今度は主人のフィギアが飾ってある収納の上にジャンプした。
慎重164cmの私の胸くらいの高さの場所だ…

*今は部屋の中で外を眺めることができる腰窓の窓台(写真はコタロウが家に来て11か月目くらいのもの)

*フィギアの飾り棚は、キャットタワーを購入するまではコタロウが登ることができる一番高い場所だった(写真はコタロウが家に来て11か月目くらいのもの)
どうすればいいんだろう…絶対安静なのに、家に来たばかりでこんなに走らせてしまった…
仔猫はまたリビングを逃げ出し、階段を下りた…
不覚だった…なぜリビングの引き戸を閉めておかなかったのだろう…
しかし、ここまでの全力疾走で、仔猫は相当疲れたらしい…
玄関の隅の傘立ての下に最後はおとなしくうずくまった…
やっとこのコをつかまえると、ケージにもどすことができた。
私にはとても長い時間に感じたが、風呂をでてからこのコを捕獲するまで、そんなに長い時間がたったわけではなかった。
主人が起きてきて、ケージを引き出して移動し、蓋(天井)をのせて固定した。
かわいそうな仔猫はもうどんなにがんばって登ってもこの檻を出ることができない…
仔猫の意思と生命力は私たちが思っている以上に力強いのだ…
ここから出たいと思えば、痛い足をひきずりながら、ケージを3本の足で駆け上がり、仔猫にとっては段差が高すぎる階段を駆け下りて…
外に出たところで、会いたい母も、仲間もいるはずがない…
このコのふるさとからずっと遠いところに私たちは連れてきてしまった…
よかれと思って…
私は仔猫の檻の外から、人差し指を伸ばして暖かい体を触わった…
私は、このコの自由を奪おうとしているだけなのか…
ここに連れてきた以上、選択肢はもうない…
このコはもう私たちの家族なのだ…
すいぶん長い間そうしていた…
私がそこを立ち去ろうとするとこのコは泣くから…
哀れで離れられなかったが、いつまでもそうしていられるわけもなく、意を決して電気を消すと私は寝室に向かう
鳴き声が大きくなり私は階段の途中で一度ひきかえし、電気を消したまま、仔猫の額をしばらく指で撫でていた。
再びそこを離れるとまた大声で泣かれたが、今度は戻らなかった。
寝室に入ってから、ずいぶん長いあいだ、けっこうな大声で夜泣きしていたが、そのうち疲れたのか、声は聞こえなくなった。
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