5年の月日を共に過ごした、我が愛猫ブッコ。
11月9日16時20分、空に旅立ちました。

10月10日に特発性前庭疾患を発症。
眼振は3日ほどで治まりましたが、平衡感覚は戻らず、歩いているとよろけたり、コロンと転げたりしていました。
ピョンと簡単に登り降りできた窓辺から降りるにもよろけて落ちたりするようになり、段ボール箱で即席の階段を作りましたが、その階段からもコロンと転げ落ちる事もありました。
10月23日と10月31日にも短時間でしたが、眼振が再発しました。
高い所に飛び乗れないので、よく外を眺めていた台所の窓に上がれず、私が抱っこして窓に乗せたりしました。
あまり食べない日が続いて、ずっと強制給餌をしていましたが、11月6日と7日にモリモリ食べるようになり、カリカリもウェットもおかわりしました。それまでだいたいコタツの中にばかりいたのが、秋冬のお気に入りの場所、ファンヒーターの温風が当たるコタツ布団の上にもやって来ました。
これはいい兆候、きっとまた元気になる。
そう思っていましたが、今にして思えば、死出の旅への腹ごしらえだったようです。

11月8日は私が病院で休みを取っていました。
その日の朝、また眼振が再発しました。私はまだ寝ていた時で見ていませんが、父によると「普通にトイレに行って、戻って来る途中で突然バタンと横に倒れて、そのまま歩けなくなった」という事でした。
ですが、私が起きた時に確認すると、眼振は治まっていました。
この日はブッコの2週間ぶりの診察の日でもあり、夕方に連れて行きました。貧血がひどいため点滴はできず、インターフェロンとステロイド、抗生剤の注射をしてもらいました。そして、限界が近づいているかもしれない、と告げられました。
帰宅して、いつものように強制給餌を済ませると、ブッコは逃げるようにコタツの中に入りました。
その後、正確な時間はわかりませんが、23時になる前だと思います。ブッコがモゾモゾとコタツから顔を覗かせ、高い声で「ニャーッ、ニャーッ」と鳴きました。
見るとまた眼振が再発していました。
ブッコは私の腕に頭を乗せ、荒い息をしていました。
少し経つとブッコは不安なのか、私の胸にすり寄って来ました。この時、今夜はずっとブッコの側にいよう、と決めました。
またしばらく経つと、私から離れ、床の上にゴロン。
たった数歩の距離なのに、それでもよろけて転んでいました。ただこの時は、眼振は治まっていました。
なにか臭いな、と思ったら、ブッコがコタツの中にオシッコをしていました。去勢前を除けば粗相なんて初めての事です。急いで始末をし、またブッコの側で寝ました。ブッコの側で少しうつらうつらしたり、少しスマホを見たりして過ごしました。
この時悔やまれるのは、「寒くない?」と声をかけるだけで実際に温めるような行動を取らなかった事です。自分でコタツから出て来たので、暑がっていると思い込んでしまいました。

朝の4時頃、またブッコが高い声で鳴きました。見るとまた眼振の再発です。私は「目を瞑っていた方がいいよ」と手をブッコの目の辺りに当てました。
6時過ぎ、いつもの抗生剤の投薬。眼振がひどいので、ほんの少しだけ強制給餌をしました。いつもなら食い付きのいい、健康缶の免疫サポートを半分皿に盛ってブッコの側に置きましたが、食べようとしませんでした。
家族が起きて来るとコタツの側では邪魔になるので、猫ベッドをヒーターの前に持って来てブランケットを敷き、ブッコを寝かせました。
10時近く、ブッコが身じろぎし、「どうしたの?」などと声をかけていると、ブッコはそこでまたオシッコをしました。もうトイレに行く事も出来なくなっていました。
簡単にオシッコの始末をし、ブッコを浴室に連れて行ってほんの気持ち程度、お尻を洗った後、また病院に連れて行きました。思い出してみると、前回、前々回と、病院に行く際、キャリーの中でオシッコをしていました。
昨日、先生からは、何も食べないようだったら連れて来て、と言われていて、また私もこの時は、5月の時のように毎日ステロイドとインターフェロンを打ってもらったら、またなんとかなるのでは?という気持ちがありました。
病院では貧血に加え脱水も起こしてるいると言われ、少量の点滴をしてもらい、またステロイドとインターフェロンの注射をしてもらいました。低体温状態と言われ、温めてあげるようにと言われました。
病院からの帰り道、私はブッコに「大丈夫だよ。お薬効いて来るよ。元気になるからね。」と声をかけていました。結果的に嘘になってしまいましたが。
家に着くとブッコを父に託し、私は近くのホムセンに行きました。その時ブッコが使っていたベッドは夏用の物だったので秋冬用のベッドと、粗相をして汚してもすぐ交換できるように洗い替えのブランケット、マナーウェアを買いました。
帰るとブッコはヒーターの前に置かれた猫ベッドに寝ていました。上掛けをかけてもらい、父がレンジで温めた保冷剤を体の周りに置いていました。
私はさっそくブッコにマナーウェアを履かせましたが、ブッコはしっかり立つ事が出来なくなっていました。ひどい貧血のため、ブッコの耳は真っ白。ぐったりと伸びるように体を横たえていました。眼振は治まらず、ずっと目がキョロキョロと左右に動いていました。
本当なら、夜の仕事に備え、部屋に戻って休むべきでしたが、ブッコの側を離れる気にならず、そのままコタツで寝る事にしました。なんとなく、もうブッコは今日で死んでしまう、という気がしたのです。
しかし時間が経ち、体が温まって来ると、ブッコは身動きするようになりました。猫ベッドから出て来たので、さっき買った秋冬用のベッドに変えブランケットを敷き、またブッコをベッドに入れました。
そうしているうちにブッコがまたオシッコをしました。敷いていたペットシーツを変え、母にブッコを支えてもらいながらマナーウェアも変えました。
ブッコはまた猫ベッドから出て来ます。床に寝たい気持ちなのかとそのままにしました。ただ低体温の事が気になっていたので、私がブッコのすぐ側に行き、私の体温で温められるようブッコを引き寄せて横になりました。
ブッコが少し活発に動くようになったので、私はまだ大丈夫かも、と思い始めました。朝、食べなかった免疫サポートをもう一度出してみましたが食べませんでした。せめて水を、と差し出してみましたがこれも飲もうとしませんでした。ですがこの時、口元に少しついた水をペロペロとしていました。ほんのちょっぴり。これが死に水になりました。
そのうちにブッコがコタツの中に入りたがったので、コタツ布団をめくりブッコをコタツの中に入れました。
しばらくブッコはコタツの中で寝ていました。どれだけ経った頃でしょうか。コタツの中からブッコの鈴の音がしました。覗いて見ると、ブッコは最初いた場所から反対側に移動していました。またオシッコの臭いがしました。見ると、中のペットシーツが汚れていました。ペットシーツを変え、またマナーウェアも変えるため、ブッコをコタツから出しました。
マナーウェアを外すと、不思議なことに全く汚れていませんでした。ずれていたとしても汚れていないなんて事あるんだろうか、と不思議に思いながら、また母に手伝ってもらいマナーウェアを履かせました。
その後、私はブッコを抱っこしてみました。ブッコは寒い時に自分から膝の上に乗るのは好きでも、抱っこされるのは嫌い。でもその時はおとなしくされるがままでした。多分、抵抗する力も無かったのでしょう。
しばらくしてブッコが膝から降りたいような素振りを見せたので、私はブッコを床に降ろしました。
ブッコはぺたりと床に座っていました。
少しの間じっとしていた後、不意にブッコが上体を起こし仰向けになりました。瞳孔をまん丸に開いてどこかを見つめながら、何かを掴もうとするように前足で空を掻きました。
「ブッコちゃん、どうしたの?何が見えるの?」と声をかけてブッコを抱こうとしました。その時、ブッコが苦しそうな声を上げました。そして口から泡を吹き、ベロを出して。
私は側にあったティッシュでブッコの口元を拭きました。その時また一声。
「苦しめないで!苦しめないで!」
私は、誰にともなく祈っていました。
この辺の事はよく覚えていません。でも多分ブッコは体を大きく捻らせ、反対側を向いたのでしょう。そして、ひときわ大きな声で最期の声を上げました。
そこに母がやって来ました。
「どうした?」
「発作を起こしてる。多分、もう死んじゃう!」
「お父さん、呼んで来る?」
「すぐに呼んで来て!早く!」
母と共に父がやって来た時、ブッコはもうほとんど息をしていませんでした。ただまだ完全に死亡した訳ではないようで、1分か2分置きに、グェッという声を上げ体が動いていました。
もしかしたら、この時、すぐさま病院に連れて行けば、息を吹き返したかもしれません。でも。
「もういいね。ブッコ、頑張ったもん。だから、もう、いいね。息を吹き返しても苦しいだけだ。」
3人でブッコの亡骸を撫でました。皆で泣きました。
開いたままの目を閉じさせ、口も閉じさせました。
外に行きたくていつも虎視眈々と隙を狙っていたブッコのため、父が亡骸を抱いて外に出て行き家の周りを歩いて来たようです。
父が庭からアルストロメリアと小菊を摘み、花束にしてブッコの亡骸に供えました。私は花屋からカーネーションや菊の花を買って来ました。私が育てているバラ、ディープシークレットが2輪、まるでこの日の為のように咲いていて、それをブッコの顔の側に供えました。
ブッコはイケニャン、いい男には美しい薔薇が似合う。
ガブリエルも咲いていたら良かったんだけど。
ナツの時と同じように、ブッコの亡骸は1日手元に置き、11日にナツと同じ斎場で荼毘に付しました。
ナツはワスレナグサの骨壺でしたが、ブッコはスミレが描かれた骨壺にしました。
ワスレナグサとスミレ。
どちらも春になると我が家の庭を彩ってくれる小さな可愛い花です。
ブッコは私がずっと寄り添っていられる日を選んで旅立ってくれました。最期の1日をずっと傍で過ごす事ができました。
だからでしょう。私は、とても悲しいけれど、悔いはありません。

私はいつもブッコに語りかけていました。
「ねえ、まだ逝かないでね。私を置いてかないでね。」
そんな私を思って、ブッコは私がいちばん傷つかない日に、ずっと寄り添っていられる日に旅立ってくれた気がします。最期まで優しい猫でした。
最期の1ヶ月、貧血に加えて特発性前庭疾患となり、平衡感覚が失われて、思うように動く事ができず、かなり苦しんだと思います。最期の1日はずっとひどい目眩にも苦しめられたでしょう。
辛かったね、かわいそうだったね。
5月に、今日明日亡くなってもおかしくない、と言われてから半年。よく頑張ってくれました。
せめて5年、という私の思いを感じ頑張ってくれたのかな。本当に優しい猫でした。
ブッコには、「うちに来てくれてありがとう」と言うのは違う気がします。何故なら、私が一目惚れして連れて来た猫だから。そこにはブッコの意思は無かった。
だけど、ブッコはこの家を自分の家だと思ってくれました。何度か脱走してハラハラしたけれど、ちゃんと自分から帰って来てくれました。
私たちの事を家族だと思ってくれました。
その事にありがとう、と思います。
この5年間、幸せでしたか? ブッコさん。
ひとつだけ確実に言える事。私はブッコさんのおかげで幸せでした。
ありがとう、ブッコさん。
大好き、いつまでも大好きですよ。
詳細を残しておきたく、長文になってしまいました。
長々と最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
コメントで応援してくださった方、アドバイスくださった方、本当にありがとうございました。
ブッコのために祈ってくださった方、ありがとうございました。
私の事まで気にかけてくださって優しい言葉をかけてくださった方、ありがとうございました。
皆様のおかげで、私も頑張れました。
ブッコ共々、感謝いたします。
そして、皆様のにゃんこライフがより長く、より幸せに続きますようお祈り申し上げます。
ブッコの亡骸の写真を載せますので、苦手な方はここで戻ってくださいませ。

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