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二人の息子は、生まれ付いての猫飼ひである。
結婚とほぼ同時に飼つた猫達が、産まれた時から息子らの傍にゐた。
生まれ付いての猫飼ひである息子らは、学校帰りに会ふ野良猫がどんなに愛らしくても、譲渡会のケージの中の猫達がどんなに気になつても、家にゐる猫達以外の猫には近付かないと云ふ約束をきちんと守つてくれてゐた。
ノミやダニ、猫には危険なウィルス等を家に持ち込む恐れの有る事や、家族になる事ができないのに、期待を持たせたら可哀想だと教へてゐたからだ。
彼らは親戚や、お友達の家の猫にたまに浮気はしても、帰宅すれば必ず手を洗ひ、極力匂ひを落としてから家の猫達に「ただいま」を言つてゐた。
ところが、その日は違つた。
当時、中一だつた長男の学校行事に参加した帰りの事。デパートから出た途端、当時、小三だつた次男が声を掛ける間も無く走り出した。
「あーちやん!」
見れば目の前の広場で猫の譲渡会が開かれてゐる。いつもなら我慢我慢で通り過ぎる筈が、次男の声を聞いた長男まで、次男へと駆け寄つた。
「お母さん!あーちやん!」
あーちやん
その愛しい名前に抗へず、よろよろと近付くと、ケージの中の猫が立ち上がつて手を伸ばし、次男に縋りついてゐる。
保護団体の方が少し驚いた顔をしながらも、次男に声を掛けてくれた。
「猫、好きなの?」
その声にはつと我に返り、慌てて団体の方に説明した。
さう、あーちやんである訳が無いのだ。
あーちやんと云ふのは実にその三週間前、十六歳で虹の橋を渡つた我が家の愛猫の名前なのだから。
その様子を見てゐた他の方が、次男に「抱つこしてみる?」と声を掛けてくださつた。猫は次男に触れた途端、次男にしかとしがみついて、団体の方を驚かせてゐた。
ケージから出された猫は、毛色こそあーちやんと似てはゐたが、よく見れば余り似てゐなかつた。
そもそも、デパートのエントランスからケージの中の猫が、はつきりと見へる訳が無いのだ。
今でもとても不思議で、あーちやんが呼んだんだねえと家族では話してゐる。
猫はその後、長男にも何の問題も無く抱つこされてゐた。
団体の方は口々に、初対面の、それも小学生の男の子に抱つこされるなんてと、話してゐる。
それを見て迷ひが無くなり、仕事中の夫に電話を掛けた。