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櫻姫はとても高い声で鳴く。
初めて聞いた時は驚いたくらゐ、高く澄んだ、綺麗な声。
寧々は家に来た頃、鳴く事ができなかつた。帰らない家族を求めて鳴き続ける内に声が枯れ、短く濁つた声で、「あ、あ、」としか鳴く事ができなかつた。
半年程でにやあと鳴けるやうにはなつたけれど、やはり鳴き辛さうだつた。
置き去りにした事、そんな声になつてしまつた事、当時は寧々の元の飼ひ主を憎いとさへ思つてゐた。
ある日、寧々が鼻水を出してゐたので、初代の咲羅からお世話になつてゐるお医者様に診て頂いた。
若先生に寧々の来歴を愚痴混ぢりに話してゐると、院長先生が通り掛かつた。
「この子、病院も注射も怖がらないね。ねねのこさんのお子さんもお母さんの事も怖がらなかつたのでせう?家族構成も似てゐたのかもねえ。」
大切にされてゐたと思ふよ。
院長先生はさう言つて、二階へ上がつて行つた。
「でも、室内飼ひの子を外へ置き去りなんて酷いわ。」
尚も愚痴を言ふ私に、若先生はでも、と。
「こんなに人を信頼できるのは、仔猫の頃から家族皆に愛されて育つたからだと思ふんです。病院にもかかつてゐたと思ふし、ワクチンも。それに、もし、閉じ込められたままだつたら…」
ハッとするのと、ゾッとするのとが同時に来た。
「何か、事情が有つたのかもしれませんね。」
診察が終はつておとなしくキャリーへ戻る寧々に、若先生は「お疲れ様」と優しく声を掛けてくださつた。
切なかつた。
人生、何が有るかなんて本当に判らない。
今でも折りにふれて家族で話す事が有る。寧々の元の家族が皆、幸せに暮らしてゐて欲しいと。
同情なんかぢやない。
そして、寧々は無事ですと。かうやつて生きたと知らせてあげたい。