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11日以降、食事を全く食べられなくなったチャム。
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口に含んで食べさせても、あとで吐き戻してしまう。
食べられなくても腎臓病のお薬、ラプロスを飲ませるのにはお水を少量飲ませなければならないのに、それも吐き出してしまう様に。
点滴は200mIと100mIを毎日交互に繰り返していたけれど…
もう、腎臓はほぼ機能していなかったんでしょう。
おしっこも家族が家にいられない時には、ケージの中で垂れ流していますが、それも色はほぼついていなくて、体に入れた点滴の水分が排出されている様な感じでした。
元々、ちょっとハスキーな男の子の様な声で啼いていたチャムが、か細い声でしか啼かなくなっていた。
声も出せない位衰弱していたのでしょう。
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14日、日曜の朝。
かかりつけ病院は、本来日曜は休みですが8時半から9時迄のみ、診療が受けられます。
入院患畜の世話の為、獣医師一人と交代で補助スタッフが出勤し、その後30分だけ診療を受けられるのです。
以前、まだ自宅点滴を始める前病院で皮下点滴を受けていた時、こっそり教えて貰っていました。
状態の悪い子の飼い主さんだけに、この事を伝えている様です。
30分の間に、チャムも含めて3匹のわんにゃんが来ていました。
吐いてお薬や関節炎のサプリメントアンチノールも出てしまうので、どうすれば良いか主治医に相談。
体重は1・7Kg。
3日前より更に300gも減っています。
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事情を説明すると、食べられないのなら食欲増進剤とアンチノールは胃を刺激してしまうので使用停止し、ラプロスを飲ませるのに、少量の水を口に含ませて下さい。
点滴は引き続き同じペースで投与、吐き気止めの注射を打ちましょう。 …と言われました。
元々、16日血液検査の予定だったので、注射で吐き気が止まる様なら、次は吐き気どめの錠剤を処方します、との事。
16日深夜に旅立ったので、結局「次」はありませんでしたけど…。
食べられないので、液体の腎不全食を処方しましょうか?と言われたのですが、これを食べていて寿命が1年とか伸びるのならともかく、もう長くても数週間の命ならば、辛い闘病生活を長引かせるより静かに余生を過ごさせたい、と思い断りました。
この事は、以前から母とも話し合っていて最後はどうするのか決めていたのです。
食べられないのに、強制給餌では本にゃんも嫌だし辛いだけですしね。
14日の朝はもう、うごうごもぞもぞ動く元気もなく、点滴も横たわりながら受けました。
そう長くは持たないであろう事は、この時判っていました。
だから家にいる時には、出来るだけ側にいて見守り、おトイレに連れいて行く時薬を飲ませる時に胸の上に乗せて話しかけ、優しく撫でて…。
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注射が効いたのか、その後吐く事はありませんでした。
15日も、朝点滴を打ちそのまま私は出勤。
この日も晴れていたので、日向にケージごと乗せていた様です。
日が暮れて私が帰宅した時には、ケージ越しにパネルヒーターの前で横たわったままでした。
トイレに連れて行っても、立っていられずすぐ倒れてしまう。
そもそも、水素水も薬を飲ませる以外飲ませなくなっていたので、おしっこ自体殆ど出なくなっていましたしね。
…これは、いよいよだな………。
その予感は、ありました。
お風呂から上がって食事を済ませ、暫く胸の上で休ませ、ケージに戻し寝かせました。
その時のポーズのまま、16日深夜0時過ぎ…最期の時を迎えました。
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眠ったまま…ゆっくりと蝋燭の火が揺らいで消えるかの様に。
最期の時を迎えて…あまり苦しまずに逝けたのが、唯一の救いです。
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そして、夜が明けてからネコジルシに報告日記を書きました。
沢山の温かいお言葉をかけて頂き、感謝の気持ちで一杯です。
チャムは皆様に愛されて、幸せなにゃん生を過ごす事が出来ました。
ありがとう御座いました。
16日は仕事でしたので、埋葬は翌日…私の休みの日に、という事で母に準備だけして貰いました。
この辺りは田舎なので野生の狐もうろつきます。
深い穴を掘らないと掘り返される危険もあるので、兄に掘って貰いました。
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そして、昨日。
朝からピッカピカ。
風もなく穏やかな秋晴れの中、埋葬致しました。
きっとチャムなら、大喜びで日向ぼっこしていたであろう青空の下。
家の中に戻ると…チャムのお気に入りでよくいた場所は全て、穴が空いてしまった様な感じがします。
出窓のお昼寝スポットも、私のベッドの上も。
この感覚は、暫く続くんでしょうね。
午後になって、生花店から花キューピットで私宛に、フラワーアレンジメントが届きました。
チャムの白い毛の部分の様に、真っ白な綺麗なお花。
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お花の贈り主様、その節はどうもありがとう御座いました。
お心遣い、とても嬉しかったです。
私がネコジルシに登録したのは、2006年3月。
チャムが3歳になる頃です。
それから12年半、皆様に愛されて幸せなにゃん生を送る事が出来ました。
この場を借りて、皆様にお礼を申し上げます。
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血液検査にて腎不全が進行していると判明し…5ヶ月で旅立ちましたが、最期を自宅で看取れて良かったと思います。
弟のマミヤは、病院で逝きましたから…。
私も母も、チャムの為に出来る事はしたと思っています。
その点では、大きな後悔はありません。
16日の夜、終業後にお世話になっていた動物病院に挨拶に行きました。
使わずに残った点滴と、アンチノールの返却も兼ねて。
こちらの病院で、15年間一生お世話になりました。
長い間ご苦労様でした、お悔やみを申し上げます…と、主治医兼院長先生に仰って頂き、スタッフ全員で一礼されました。
この病院でお世話になれて、良かったと思います。
このお心遣いがあるから、何時も混み合う位患畜で一杯なんだと思います。
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こうして、チャムの闘病は終わりました。
チャム、マミヤ、ライカは同じ2003年生まれ。
弟マミヤは5年前に、そしてチャムも旅立ち……。
ライカのみになってしまいました。
ライカは若い頃から丈夫で、怪我での通院歴はありますが、病気ではまだありません。
それでも、15歳1ヶ月と高齢にゃんになりましたので、この先どうなるかは判りません。
先に旅立ったチャムやマミヤの分も、長生き出来る様に…見守ってこうと思います。
今迄、チャムの事を見て頂いた皆様、本当に本当にありがとう御座いました。
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