三
四匹はやっと一本松に辿り着いた。
母猫はチップの背にしがみつく仔猫を咥えて木のたもとに下ろし、寄り添って横になった。悪いところはないか確認するように体じゅうを丁寧に舐めている。目の回りは特に念入りにしていた。開かない目を気にしているようだ。チップとチャーミーもすぐ側に座り、その様子を眺めていた。
寛ぐ四匹を傾いた日差しが優しく包み込んでいく。まるで命を吹き込むように大地が赤く夕日に染まり始めていた。
そばには蝶たちもやって来て、甘い蜜の香りを付けて花の間を飛び交っていた。木の枝では、一緒についてきた小鳥たちが楽しそうに子守唄のように歌っている。
「眠ったままね」
小さなグレーの体を丸めて母猫の懐に抱かれている様子を、チャーミーが食い入るように見つめていた。
「スースー言っているよ。おばさんの母乳がよほど美味しかったのだろうね」
チップもチャーミーに頬を寄せるようにして覗き込んでいた。
母猫は、若い両親が始めての子供を覗き込むような様子に、目を細め眺めていた。
「そうだ、おばさん。この子に名前を付けてあげようよ。このままじゃかわいそうだから」
チップは仔猫の寝顔を見ながら、母猫に優しく尋ねていた。
「そうだね、名前がないと可愛そうですね。でも、どんな名前がいいでしょうか」
母猫もにっこり微笑んでいる。
「私は、チビ。だって小さいでしょう。だからチビってどうかな」
さっそくチャーミーが考えを口にする。
「でも、大きくなるかもしれないよ」
「バカね。ここは現世ではないのよ。来たときのまま大きくなることも、歳をとることもないの」
チャーミーが呆れてチップを見ている。
「あっそうか。じゃあ、グレーの色をした仔猫だからチビグレはどう」
「だめよ。グレなんて言えばグレているようじゃない。ちゃんとした子になって欲しいのに、センスないなー」
チャーミーがチップの意見をことごとく否定している。
「グレはグレーのグレとグレートのグレをかけているんだけど。じゃあ、おばさんのお乳を美味しそうに飲んでいたからミルクってどう」
チップは不満そうに別の名前を口にしていた。
「なかなかいいじゃない。甘い香りがしてきそうね。だったらこんなのどう、シャンプー。ほら、体を洗ってもらうときに泡ブクになるでしょう、モコモコのイメージにも合うわよ」
「清潔そうな感じだね。でもさ、ミルクもシャンプーもイメージは白だよね。この仔はどうみても真っ白じゃないからな。うーん、難しいな」
チップは自分が言った名前も一緒に否定している。
「言われてみればそうね。こんなのはどう、仔猫ってミャウーって鳴くでしょう。だからミュウ」
チャーミーも仔猫を眺めながらあれやこれやと考えている。
「鳴き声から連想したんだ。でも、この子が鳴いたの聞いたことないし。どんな声だろう」
チップが首をかしげていた。
どれもイメージに合っているようなのだが、何かお互いにしっくりきていない。
チャーミーも悩んでいた。
「そうだ、良いのを思いついたわ」
チップに新しいアイデアが浮かばないでいた時、チャーミーの目が輝いた。
「女の子なら天使みたいになってほしいからアンジェ。男の子なら空飛ぶイメージで翔」
自身満々でチャーミーが言った。
「だめだよ、まだ男の子か女の子か分からないんだからさ」
「あっ、そうか」
チャーミーは肩を落とし、二匹は顔を見合わせ困り果てた。
「おばさんは何か良い名前、無いの」
考えが尽きたチップがおばさんに救いを求めた。
「そうだね。どれも可愛くて素敵な名前だけど。この仔を囲んでみんなが幸せに暮らせるように願いを込めて、ハッピーとかピースなんてどうでしょう」
それまで二匹のやり取りを黙ってみていた母猫は自分の考えを披露してみた。
「ハッピーは犬みたいだけどピースっていいよね。男の子でも女の子でも合うじゃない」
チャーミーがうなずいている。
「ピースってどういう意味か君知っているの」
チップが疑い深い眼差しでチャーミーを見ていた。
「ええ、知っているわよ。みんなが仲良く暮らせるように、ってことよねえ、おばさん。そうでしょう」
チャーミーが母猫に確認している。
「まあ、似たようなものですね。平和って意味ですよ」
母猫は優しく二匹に教えてくれた。
「あーあ、チャーミーったら知ったかぶりして。本当は知らなかったのでしょう」
「なにさ、似たようなものじゃない。でも、ピースか。いいじゃない、おばさん。センスあるな」
チャーミーが首を縦に何度も振ってチップの追求を避けていた。
「じゃあ、この仔の名前はピースに決定します。皆さんいいですね」
チップには何も言わせず勝手に宣言した。
眠ったままのピースの可愛い様子がチップに反論することもさせなかった。現世での辛い体験を感じさせない優しい寝顔であった。
三匹は時が経つのも忘れ、じっと見つめているのであった。
つづく
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いかがでしたか、今回のお話。
皆様のご協力により仔猫に名前を決めることができました。
性別がまだ分からないということ、また、まだ鳴き声も立てていないグレーの猫という事で視覚、聴覚的な名前でないものを選びました。
どうでしょう。
一方、母猫は元野良猫ということで名前はありません。読者の中には「おばさん」という言葉に抵抗がある方もいるようなので、会話以外は母猫で通します。
さあ、名前も決まり何の心配もなくなった様子のチップたち。
でも、ヤマネコはどこに行ったのでしょうね。
気になりませんか。
少しずつ物語が動き始めますよ。
表記については読みやすくなったと評判がいいです。
第一話からこのスタイルに書き直してきました。今後もこれで行きます。
次回もお楽しみに。
さて、♪TOMO♪さんに教えてもらったサイトで画像を工作してみました。
http://www.photofunia.com/
いかがです。
楽しいですよ。やってみては。
では、また。
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