ゲンさんちの猫

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平成17年夏に猫を保護してより飼育中の初心者です。

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日記連載創作猫物語、「虹になるまで」 最終回
2010年1月30日(土) 531 / 22

             四

 キジトラは草陰から母猫と兄弟たちが人間たちに捕まるのを見ていた。

 助けに行きたかったが怖気づいた足は振るえ、前に進まなかった。
 じっと息を殺し見ているだけだった。

 母猫は必死に人間に抵抗していた。歯を剥き出し、爪を立てて抵抗していた。しかし、ついに捕まり、金属で出来ている檻に仔猫と一緒に入れられてしまった。

 母猫は来てはいけないと必死に叫んでいる。キジトラの目を見ながら、涙を流し叫んでいる。

 その悲しみに満ちた目がキジトラに一人で生きていく事を決断させた。決して母猫を追いかけてはいけないと。

 キジトラは霞む視界で母を見ていた。これが現世で見た母の最期の姿だった。

 キジトラは人間たちが去った後、納屋に入ってみた。

 母の温もりを求めて壁に顔を擦り付けてみた。兄弟たちの臭いを求めて土を嗅いでみた。

 しかし、そこには踏み荒らされた人間たちの足跡があるだけで母も兄弟たちの姿もなかった。母を求め大きな声で叫びたいのを必死に堪えていた。付いて行きたい気持ちをかみ殺した。気が付くと涙が溢れ出し頬をぬらしていた。

 そのとき人間の話し声が近づいてきた。

 残っている猫がいないかを確認しにきているのだろう。

 キジトラは野良猫としての本能がそうさせたのかもしれない。草むらに隠れるようにして納屋を抜け出し、側溝を走って逃げた。振り返る事もなく。涙で霞む目で必死に走った。

 暗く汚れた側溝をどろどろになりながら、どこまでも走った。

 途中でドブネズミに出会った。ネズミは相手が仔猫だと知ると姑息にも威嚇してきた。体格も同じくらいだ。勝てる相手と思ったのだろう。キジトラは無視して必死に逃げた。走って、走って、疲れ果て、眠るまで。

 何処をどう通ってきたのか分からない。気が付いたときは高校のそばに来ていた。

 そして記憶もなくしていた。


 目が覚めたキジトラは、逃げる途中で足をくじいたのかも知れない。痛みで立ち上がることも出来なかった。自分で餌を探すことも出来ず途方にくれた。恐ろしい人間たちが近くを歩いている。見つかっては大変だ。鳴き声も立てずに草陰でじっとうずくまっていた。
 
 そこへ近所をテリトリーにしていた老猫が近づいてきた。

 どこからきたのか、母猫はどうしたかも答えられないキジトラを捨て置けず、一緒に行動する事になった。

 老猫は生きていくための術を教えてくれた。野良猫同士の接し方やテリトリーを。

 そして、どうやって人間たちと付き合うかも教えてくれた。

 キジトラは数日もすると歩けるようになった。

 恐怖の固まりだった人間たちが、お互いを理解することにより共存できる存在である事を学んだ。すると、少しずつ人間への恐怖感も薄らいでいった。

 野良猫の平均寿命は五年と言われている。

 老猫は出会って一年もしないうちに寿命を全うした。野良猫としては長寿だった方だろう。

 キジトラはまた一人ぼっちになった。

 しかし、そのときは人間との接し方も、野良猫としての生き方も備わっていた。


「あの仔を初めて見たとき、どうしてこのような姿で生まれてきたのだろうと天を呪ったものです。普通なら長くて真っ直ぐな尻尾が付いているはずなのに、彼のものはグルグル巻きに渦を巻いていたのです。決して伸ばすことも出来ないように骨が変形していました。私は、ただただ気の毒で、申し訳ないばかりでした」

 おばさんの下を向く、伏し目がちの表情が悲しそうであり、懐かしそうでもあった。

「その時は、グルグル巻きのシッポが、こうして巡り会う事が出来るきっかけになるとは考えてもいませんでした」
 
 おばさんの言葉にチップは自分のシッポをピクリと動かし、驚いた表情で座っていた。いつの間に来たのだろう、横にはチャーミーが寄り添って一緒に話を聞いている。

「見間違うものですか、あのグルグル巻きのシッポを。一本松へピースのことを頼みに来た後、立ち去るあなたの後姿を見て夢でないだろうかと疑いました。仔猫のままとばかり思っていた我が子がこんなに立派になって私の前に現れるなんて」

 突然の母親の出現にチップは戸惑った。

「ぼ、僕にはお母さんなんていないさ。似たようなシッポの猫だったら他にもいるからさ」

 動揺を隠そうとしながらもチップのシッポは緊張したように固まっている。

「いいえ、間違いありません。どんなに成長していても母親が我が子を見間違うものですか。それが親と言うものです」

 おばさんの言葉は自信に満ちていた。親として確信があるのだろう。

「僕はお母さんに会うことなんか考えても見なかった。本当に僕のお母さんなの。信じられない。記憶にある限り一人ぼっちだった。僕にお母さんがいたなんて……」

 チップは言葉が続かない。脳裏には失っていたあの時の忌まわしい光景が蘇っていた。人間達に連れ去られる母と兄弟達。無意識に涙が溢れ視界が霞む。

 チャーミーも信じられない表情で、瞬きもせずにおばさんの顔とチップのシッポを交互に見ていた。


「私は、亡くなった後に渡る橋は、戻る事の出来ない現世との永遠の別れの橋だと思っていました。でも、気付いたのです。別れではないと。それは、新しい出会いにつながる掛け橋だったのです。その証拠にこうして探していたあなたに会えました。橋を渡らなければ決して巡り合う事は出来なかったでしょう。虹色に輝く希望の橋だったのです」

 母の言葉からは満ち足りた幸せが伝わってくる。

「あなたはここ数日の間に本当に立派になりました。丘陵のリーダーに相応しい勇気と思いやりがあります。こんなに立派になった子供をみて、私は現世への未練もすっかりなくなりました。人間たちを許す気持ちになれました。何も思い残すことはありません。だからもう一本松へ帰る必要もなくなったのです。でも、あなたには待っていなくてはいけない子がいますよね。さっき話していたホワイトです。あなたの事を本当の親のように慕ってくれている。私は天国からいつもあなたを見ています。あなた方が再び出会う日を」

 母の目からは大粒の涙が零れていた。それは悲しみの涙ではなく、何もかも満たされた充実した喜びの涙だった。頬を伝い流れ落ちた涙は母の足元を濡らしていった。朝日に照らされて七色に輝いている。落ちた涙は花となり、足元を埋め尽くし始めた。

 母はチップに近づくと顔を擦り付けている。

 チップは流れる涙もそのままに母に寄り添っていた。

「チャーミー。チップはちょっと無鉄砲なところもありますから、よろしくお願いしますね。そろそろ行かなくては。ぐずぐずしていると別れが辛くなります」

 母はチャーミーに向い丁寧に頭を下げている。

「どこにいくの。やっと会えたのに」

 チップの涙声が小さく聞こえる。

「もう、現世への未練がなくなった私はここへ残る必要がなくなりました」

「おかあさん」

「ありがとう、チップ。母として何もしてやれなくてごめんね。立派になったあなたと会うことが出来て幸せでしたよ。誇りに思います」

 母はチップの涙を拭う様にチップの顔を舐めた。

「どんな時も相手の立場に立って考えるのですよ。そうすれば必ず分かり合えるはずです。いいですね。広い心を持つのですよ」

 母は見返り岩の端まで進んだ。全てを悟りきったような表情だ。瞑想を始めると静かに靄が母を包み込み始めた。
 
 チップは母の元に駆け寄ろうとした。

 しかし、それを思い止まらせるように、チップのシッポにチャーミーのシッポが絡みついていた。

 どんどん母の姿は見えなくなっていく。完全に姿が靄に包み込まれた時、空に向かって大きな虹が伸び始めた。天に向かい真っ直ぐに伸びていく。

 チップは涙を流しながら見つめていた。

 横にはチャーミーがシッポを絡ませたま黙って寄り添っている。

 見返り岩の下では三匹の様子を見ていた猫たちも涙を流しながら虹を見つめていた。

 もちろんヤマネコもいた。


 橋のたもと、長老のところにはレオがいた。ピースとチップのことを報告するためだ。

 長老は見返り岩の方角から上る虹を見上げていた。

「誰かが虹になって旅立ったようですね。大きな虹です。広い心を持った猫だったのでしょうね。丘陵にも、もとの穏やかな日常がもどってきました」

 レオが遠ざかる虹を見上げている。

「チップも成長しました。やり遂げましたよ、長老」

 レオは誇らしげに胸を張っていた。

「ああ、あのシッポとは似てもにつかぬ真っ直ぐな心じゃからのう」

「おばさんも今度は自分の子供を落ち着いて捜せますね」

 何気ないレオの言葉に虹を見上げていた長老の表情が一変した。

「どうかしましたか」

 レオは長老の異変を見逃しはしなかった。

「わしは大変な事を忘れておった。なんて馬鹿なのだろう。今頃になって気付くとは」

「何をですか」

 レオが心配そうにしている。

「あの虹は、母猫かもしれぬ。いや、きっとそうであろう。虹がわしに語りかけているように思えるのじゃ」

 レオは黙って長老を見ていた。

「ピースを現世に戻し自分の勤めも終わったと感じたのであろう。巡り合うことが出来なかった我が子とも再会できたし。それで、現世への未練もなくなり旅立ったのじゃ。母猫がここへ来た時、わしに聞いたのを今ごろになって思い出した。グルグル巻きのシッポをした仔猫を見かけませんでしたかと」

「グルグル巻きのシッポ」

 そう言われたレオは目を瞑り思考を巡らせていた。

 長老もその様子を静かに見守っている。

 静かに風がふいていた。長老の大きく張った枝が揺れている。枝に止まっている小鳥たちも朝の歌を止めていた。

 静かに穏やかな時間が過ぎていく。
 
 突然、レオが目を見開いた。グルグル巻きのシッポの持ち主に思い当たったようだ。

「気付いたようじゃのう。さよう、チップだったのだ。わしは仔猫と言われたことばかりが頭に残っており見逃しておった」

 すまなそうな表情をする長老だ。

「そうだったのですか。おばさんも探していた仔猫がすぐそばにいたなんて思いも寄らなかったでしょうね。立派になった我が子を見て、現世への未練もなくなったわけですか。チップはどうしたのでしょう。一緒に付いて行ったでしょうか」

 感慨深げなレオだった。

「いや、チップは付いて行かんじゃろう。虹も一本であったからのう。チップも一緒なら二本出るはずじゃ」

「そうですね。ではチップはまた一人ぼっちになったのでしょうか」

 レオの表情が少し切なげに見えた。

「まさか。彼には多くの仲間が出来た。それを見て母親も安心したのじゃろう。それにチャーミーが彼を一人にはせんはずじゃ」

 長老の表情がどこか微笑んでいるように見えた。


 虹が離れていくと、見返り岩では靄も消えていった。

 そこにはもう母の姿はなかった。

 空を登っていく虹を追いかけそうになるチップをチャーミー
はシッポで必死に押さえている。

 チップはいつまでも遠ざかる虹を見つめていた。

 虹が消えて完全に見えなくなった時、小さな声が聞こえた。

「かあさん……」

 チップの声が小さく、寄り添っていたチャーミーにさえ最後まで聞こえなかった。

 チップの足元を涙が濡らしている。

 しばらくすると涙で濡れた顔を前足で拭い始めた。

 みんなの方を振り向いたチップにヤマネコが言った。

「お前のお陰で仔猫を現世に返す事が出来た。俺は現世に新しい家族が出来た思いだ。今度はきちんとした形で仔猫が亡くなった後に会える日を待つことにする。何年後になるか分からないがな」

「きっとみんなもう一度会えるまで待っていると思うわよ」

 チャーミーがヤマネコを見ている。

「さあ、それじゃあ俺も行くとするか」

「君まで行ってしまうの。ここでピースの事見守るのじゃなか
ったの」

 チップが慌てた。また一人チップのもとを去ろうとしている。

「大丈夫、時々見に来るさ。その時はお前にも教えてやる。どうしているかをな」

「そんな事言わずにここにいればいいじゃない」

 チップは必死に止めていた。

「俺は森にいた方が落ち着くんだ」

 ヤマネコはチップを真っ直ぐに見ている。恨みや憎しみのない澄み切った綺麗な目をしていた。

「分かったよ。でも、最後にもう一度ピースの事を教えてくれないか」

 ヤマネコは黙って見返り岩に飛び乗り静かに瞑想を始めた。

「今はぐっすりと眠っている。もう色々なチューブも付いてい
ない。人間の夫婦が見守っている。幸せそうな顔をしている。大丈夫だ、何も心配することはない」

 ヤマネコは目を開けた。話を聞いていた猫達の方を笑顔で振り返った。

「それじゃあ、また会おう」

 そう言い残すと、見返り岩を飛び降り、振り返ることもなく走り去って行った。

 チップはただ寂しそうに後姿を見つめている。

「私も耳のただれもすっかり良くなった。あなたが泉を元に戻してくれたからよ」

 それはジャッキーだった。チップを元気付けるように耳を動かしている。

「私のボロボロの体も元に戻ったわよ。チップのお陰よ」 

 現世では交通事故により亡くなったチョコがチップの周りを走り回った。

「チップ、私も現世でお世話になったお母さんに会うまでそば
にいていいかな」

 そう聞いて来るのはチャーミーだ。チップに顔を摺り寄せてくる。

「当たり前じゃないか。僕もホワイトがここへ来るまではチャーミーのそばを離れないよ。彼と一緒に虹になるまで待っているんだ。お母さんに誓ったんだ。ここにはたくさんの友達がいる。寂しくなんかない。だからもう泣かないって」

 顔をあげたチップにはもう涙はなかった。

 見返り岩を取り囲む猫たちより少し離れた場所に初島の野良猫たちもいた。

「チップ、お前との勝負はまだついていなかったな」

 初島のボス猫だ。その瞳に憎しみはなく、優しい親しみがこめられている。

「よーし、じゃあ一本松まで誰が一番早いか競争だ」

 そう言うやチップは見返り岩を飛び降り駆け出していた。

「競争なら負けないぞ」

 それは足腰に自信があるライカだった。

「待ってよ。僕を置いていかないで」

 叫んでいるのは長い毛が邪魔をして早く走れないチャコ麻呂だった。

「もう、チップたら私のこと捨て置いて。女性を労わる気持ちないのかしらね」

 チャーミーはゆっくり立ち上がると一本松目指して歩き始めた。

 丘陵にいるみんなが笑顔だった。

 咲き誇る花が楽しそうに揺れている。

 蝶々たちも猫を追いかけるように飛んでいる。

 木々の枝では鳥たちが楽しそうに歌っている。

 みんな元に戻っていた。

 丘陵には三日ぶりに顔を出した太陽から暖かな日差しが届いていた。




おしまい




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
 
 皆様、十ヶ月間の長い間御愛読頂き、本当にありがとうございました。素人の物好きが書いた物語を最後までお付き合い下さり、心より感謝申し上げます。

 今回は、画像を付けておりません。また、本文に関する感想も書いておりません。どうか皆様それぞれが読後の余韻を楽しんで頂ければと思います。

 そして、少しでも感じる事があればコメントしてください。

 面白かった。現実とかけ離れていて付いていけなかった。面白くなかった。何でもいいです。一言コメントでも良いです。

 私は、今年はこの作品で公募に出るつもりです。

 皆さんからの御意見を参考にもう一度推敲し提出するつもりです。

 猫好きさんならではの猫の習性に対する違和感等が見つかれば幸いと思っております。

 こんな場面も欲しかったとか。ここはいらないのでは。なんて何でもいいです。

 今はこのお話を書き終えたことで頭の中は真っ白です。

 次回作を思い描く余裕はありません。

 ただ、皆さんからいろいろ御意見がくれば、また、新しい作品のヒントが生まれるかもしれません。そんな事を書いてくだ
さっても結構ですよ。

 ぜひ御意見をお寄せ下さい。待っています。

 さて、次回からはこの物語を書いた背景などつらつらとしばらく書いていきたいと思います。

 御質問等もあればコメント入れてください。

 その中でお答えしていきたいと思います。

 本当に、長い間ありがとうございました。

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