イタリアネコ事情、第二弾です。
イタリア語は日本人得意のローマ字読み、アルファベットは“ローマ字”で読んでください。
ローマとネコとの歴史は深く、2000年前の古代ローマ時代よりペットとして飼われ、
飼い主の脇に葬られていた記録があるそうです。
“街を歩けば遺跡や芸術にあたる”、オープンミュージアムであるローマの街、
gatti di roma(ローマのネコ)で画像検索をすると、遺跡や芸術と共に写る野良猫が出てきます。
おみやげ用のカレンダーやポストカードにもなっているほど有名なもの。
名作と言われる、ふる〜い白黒映画にも登場する、石畳を歩くローマの野良ネコ、
住民には比較的温かい目で受け入れられ、gattaraと呼ばれるお世話する女性が常に存在し、
また観光大国ゆえ、レストランの残り物や観光客のおこぼれにあやかることが多かったことが
存在の理由ではないかと思います。
ローマの中心を走る、2階建ての観光用オープンバスより撮影したLargo di Torre Argentina
紀元前3−4世紀の遺跡です。
観光名所であるパンテオンから徒歩10分ほど、ローマ市庁舎より15分ほど、
トレヴィの泉にも20分ほどの旧市街にあります。
1909年、取り壊しが決定されましたが、突如巨像の頭部が発掘され研究が進み、
1929年、保存されることに変更。
その後の調査により、共和国時代(紀元前509年ー紀元前27年)の最後の独裁者カエサルが
甥に暗殺された舞台であることが判明。(紀元前44年)
シェークスピア劇『ジュリアス・シーザー』に出てくる、「ブルータス、お前もか?」の
名セリフが吐かれた場所です。
私の所持する画像はこれのみ、Wikipediaイタリア語版にたくさん出ています。
https://it.wikipedia.org/wiki/Largo_di_Torre_Argentina
なぜこんな観光ガイドのようなことを紹介するかといえば…
Wikipediaの日本語版をポチっとすると出てきますが、Torre Argentina Cat Sanctuary と呼ばれる
ネコのシェルターが地下にあるからです。
http://www.romancats.com/torreargentina/en/introduction.php
検索すると、YouTubeをはじめとする英語による情報が多くアップされており
↑のHPは英語、活動内容、歴史、画像が紹介されています。
避妊、治療、里親探し、遠隔里親(直接引き取ることはなく、支援を続け、近況報告をもらう)等が
メインの活動です。
ローマ中心部に残る小さな遺跡、昔から野良猫の住処であり、
gattaraが世話をしてくれるであろうという目論見で、
ローマっ子がペットのネコを遺棄する場所でもありました。
ひとりの女性が私財をなげうち、長年エサやりや避妊を進めていたところ、
前回紹介の1991年の法律制定もあり、1993年2人の女性が本格的な活動を始めます。
当時90匹、しかし後を絶たない遺棄により、数は増すばかり…
遺跡ゆえ、水も電気もない場所での地下での活動を続け、英国女性の紹介で
Anglo-Italian Society for the Protection of Animals英伊動物保護協会との関係を持ち
援助や英国スタイルの保護を学びます。
課題となる資金集めは、遺跡ということもあり、観光客がネコに惹かれて訪問する、という
有利な面があったそうです。
実は私も…遺跡を徘徊するネコの姿を見ていたところ、女性に声をかけられ内部へ。
今思うと、発足直後だったようです。
多くは出入り自由、ゲージに収容されているネコも何匹か。
これが“シェルター”というものであると知ったのは、つい最近のこと。
僅かな寄付をし、後日リクエストの鶏肉2羽分をお届けしました。
ヴォランティアに、外国人も少なくないとのこと。
米海軍上官や、英国外交官夫妻が、資金集めのホームパーティーを開いたほど、
外国人からの支援を受けて来ています。
gatti di romaを訳すと“ローマのネコ”、しかし通常はこのコロニーのネコを指すものであり
ニュースにも登場、検索しても、上のサイトのHPがトップで出て来るほど、
イタリアの動物愛護のシンボルとして親しまれているものです。
ローマ行政区にある、400の地域猫コロニー(居住地)を代表するものとして運営されて来ましたが
考古学会との軋轢もあり、規模は縮小の方向へ。
今後のローマの地域猫の代表は、別のコロニーとなります。
http://www.igattidellapiramide.it/
「ピラミッドのネコ」
所持する画像がないので、著作権のない画像をWikipediaより拝借、
1880年撮影ですが、現在も全く変わりありません。
紀元前12年前後に建築の、高さ36,40 mエジプトスタイルのピラミッド、当時の政官のお墓です。
土台部分は道路より低くなり、一般人の進入は不可能、常に野良猫の楽園となっていました。
本格的な活動に入ったのは30年前、84歳のエサやり婆さんの骨折がきっかけで、
考古学会との交渉、シェルターの設置等、現在の責任者となる女性が尽力したそうです。
伝染病が蔓延、それでも繁殖の本能があり、まずは避妊処置からでした。
このようなコロニー、観光客が訪れる旧市街(中心部)には4箇所あります。
ローマの街は古代ローマ時代より整備され、整然と発達してきました。
上の画像、城壁は3世紀のもの、古代ローマの街をぐるりと囲みすでに大都市、
人口100万を超え集合住宅が存在していました。
2000年前のことです。
旧市街は薄汚い印象を受けますが、これは15、6世紀からの建物が存在し、
外観を変えることが禁じられているから…
外はボロボロでも、内部は繰り抜いての改修が繰り返されピカピカ、
専門家いわく「カネがかかる!」作業です。
ぎっしり隙間なく並び立つ建物の新改築は不可能、しかし遺跡はところどころに残ります。
ゴロゴロ転がる遺跡は広い土地を占め、野良猫の絶好の住処です。
遺跡と共に、イタリア文化の中心である数えきれないほどの教会の存在
…多くの人が集まる場所ゆえ、ほぼ確実に広場があります。
この条件があり、野良ネコが暮らしやすかったのではないかと思います。
巨大競技場のコロッセオと政治の中心地フォロ・ロマーノ、共に市庁舎から徒歩圏、
市庁舎裏より2つの遺跡が見渡せます。
遺跡内部では、ネコがのんびり暮らしています。
長年のネコの住処となってきた遺跡をそのままコロニーとしシェルター設置を許可するローマ、
あまり良いイメージのないイタリアの国民性ですが、今回調べてみて、懐の深さを見る思いです。
最近のコメント