チップとチャーミーがなだらかな斜面を下って行くと、川の近くに集まる仲間たちが見えてきた。
みんなが長老と呼んでいる橋の近くに聳える樫の巨木を中心にしている。
長老は何百年もここへ佇み、橋を渡ってくる猫たちを見守り続けているということだった。左右に大きく張った枝は猫たちに日陰を提供している。小鳥たちが長老に止まり羽を休めていた。
長老は、ここに居る猫の事は何でも知っている、一番の物知りだ。
「おはよう、チップ。おお、チャーミーも一緒か。さあ、もっとこっちへ来てお迎えしてやるとよいぞ」
丘を下ってきた二匹に長老が暖かい眼差しを向けている。
「長老、おはよう」
今日も元気なチップだった。
ここには一度渡ったものは二度と戻れない三途の川がある。現世と黄泉の境だ。現世からこちらは見ることが出来ない。
向こう岸には人と共に猫の姿も見られる。
しかし、猫に思い入れの無い人間には猫たちの姿は見えない。
川には水嫌いの猫が安心して渡れるように橋が架かっていた。
それは動物たちへの思いやりがある人間達が、あるだろうと信じて疑わない「虹の橋」と呼んでいる猫たちだけに見える橋だった。
亡くなった猫を、悲しんだ人間たちが流した涙で出来ているかのように透明にきらきらと輝いていた。
今日も多くの猫たちが渡って来る。
年老いて寿命を全うしたと思われるような、満ち足りた表情の猫。おぼつかなかった足取りも橋を渡るうちに元気だった時のように、しっかりとしたものに変わっていく。
一方、多くの若い猫は怒りをあらわにしたまま、納得できない表情で渡ってくる。きっとまだ生きていたかったのだろう。不幸にもその願いが叶わず亡くなったのかもしれない。
老若男女、長毛、短毛。大きい猫に小さい猫。種類も様々だがみんな亡くなっているという事だけは同じであった。
大方の猫が渡り終え、橋のたもとに集まっていたものたちが立ち去ろうとしていたとき、チャーミーが大きな声を出した。
「待って。橋の入り口に見えるのは仔猫じゃない?」
その声に帰りかけていた猫たちが戻ってきた。
「どこ、どこ」
チップもチャーミーが鼻先で指し示す方に目を凝らしてみた。
「わかんないよ。何も動いていないようだけど」
「橋のたもとに少し色が違うところがあるでしょう。ふさふさしているように見えるけど」
言われてみると、他の猫にもそのようにも見えてきた。
「でもすごく小さいよ」
チップは確信が持てず横にいるチャーミーを見ている。
「確かに仔猫のようにも見えるが……。生まれたばかりかもしれん。もしかしたら出産の途中で亡くなった猫かもしれんな」
見下ろす長老の誰に言うでもなくつぶやいた声が上から聞こえてきた。
「もし、あのままだったらどうなるの」
チップは長老を見上げて尋ねている。
「橋を渡れぬものは、天国にも上ることが出来ず、可哀想じゃが冥界をさまようことになるであろう」
長老の言葉を聞き終わらぬうちに、「僕が連れてくる」とチップは駆け出していた。
「待て、チップ。それは無理じゃ」
長老がチップを静止しようとしたとき橋の入り口でチップは何かにぶつかり転んでいた。
「だから待てと言ったじゃろうが、慌てものが。一度橋を渡ったものは決して戻れぬのじゃ。この橋は現世との境に架かるもの。わしらはすでに亡くなっているのじゃ。現世に引き返すことは出来ぬ。これだけはいかんともし難い」
長老の言葉を聞いて額を前足でさすりながらチップが立ち上がった。
「あっ痛。じゃあ、どうすればいいの」
「誰かが連れてきてくれるのを待つことしか出来ぬ」
「そんな……」
チップは絶句し言葉が続かない。
集まっていた猫たちも静まり返り、固唾を呑んで仔猫を見守ることしか出来なかったのだ。
つづく
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いかがでしたか、今回のお話。
前回、主は予想を大きく上回る反響があり、大変喜んでいます。
そして、いい加減な書き方は出来ないと気を引き締めております。
第一話「お迎え」は、物語を読み進めていく上で重要な伏線がいくつも含まれております。
伏線とはご存知ない方の為に解説しますと、小説や戯曲などで、のちの展開に備えてそれに関連した事柄を前のほうでほのめかしておくことです。 例えばミステリーで言うと殺人事件の犯人につながる事柄をさりげなく書いておくことです。犯人がわかった後で読み返すと、ああ、なるほどというところです。
今日の場面も頭の中にしっかりと入れておいて下さいね。
さて、新しい登場人物がありましたね。
長老です。ファンタジーにするには必要かなと思ったのですが、いかがだったでしょう。大きな樫の木。何百年も猫たちを見守って来ているのです。その雰囲気はでていたでしょうか。違和感なかったでしょうか。
それと仔猫らしきものも登場しました。
これからどのような展開になるのでしょう。
それは次回のお楽しみにして、一週間の間、皆さんもストーリーを考えてみて下さい。
では来週。

少々お疲れ気味の主演のチップです。
さて、これは昨年、主が植えたバラです。

初めて花が咲いたのですが、そこから芽が出てまた花が咲いています。

バラとはこういう植物だったでしょうか。
お花に詳しくなくて、戸惑っています。
どなたか御存知ありませんか。
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