長老をはじめ、チップたちはその場を離れることができずに見守っていた。すでに日は真上まで昇っている。その間、仔猫と思われるものは一度も動かなかった。
しかし、見守る猫たちは仔猫と信じて疑わないでいた。
その時、橋の向こう岸で辺りを伺うようにしながらゆっくりと一匹の猫が現れた。見守る猫たちの間でざわめきが起こっていた。グレーと黒の混じりあった柄の大人の猫だ。後ろ足を引きずっているように見える。
「あれは」
長老が後の言葉を飲み込み、橋の向こうを見つめている。
「どうしたの」
長老の様子に、そばにいたチップが見上げた。
「あの猫は、イリオモテヤマネコではないじゃろうか。絶滅の恐れのある希少動物として人間達に特別天然記念物に指定された野生の猫じゃ。今では百匹以下になったとも聞いたが。わしも久しぶりに見る。特徴は間違いない。体は暗灰褐色で、背側で濃く腹側で淡く、多数の黒褐色の斑点(はんてん)が縦に並ぶ特徴はそのものじゃ。木登りや泳ぎが巧みな猫じゃ」
長老は橋の向こう側を見つめたままで話している。チップも立ち上がり改めて向こう岸の猫を見てみた。確かに自分たちとは少し違うような気がする。家猫とは違う精悍さが伝わってくる。
イリオモテヤマネコは橋の近くまで来てそこに何かがあるのに気付いたみたいだ。
少し離れたところから体勢を低くし伺っている。時折歯をむき出しにして威嚇していた。反応が無いと分ると、じわじわ近寄って手を出し始めた。つついては後ずさりを二三度繰り返した。しかし、その動きがぎこちない。怪我をして亡くなったのだろうか。橋のこちら側から見ている猫たちは気が気でなかった。
「やめて、意地悪しないで連れてきてよ」
チップの悲痛な叫びも決して向こう側へ届くことはない。
「チップ、叫んでも無駄じゃ。黄泉の世界からの声は決して聞こえぬ」
「でも、仔猫が……」
長老の声にチップも言葉が続かない。
見守る猫たちがいることも知らず、イリオモテヤマネコはまだ手を出続けている。
何度か繰り返すうち、反応のない仔猫についに感心が無くなったのか、そのまま放置して橋を渡ろうとした。
見守る猫たちからため息と落胆の混ざった声が聞かれた。
ところが、イリオモテヤマネコは橋に前足を掛けたところで立ち止まり、きびすを返すと仔猫のところへ戻って行った。今度は躊躇なく口に仔猫を咥え、引きずりながら後ろ向きで橋を渡り始めたのだ。
しかし、アーチ型に緩やかに中央部分が盛り上がった橋は、傷ついた足で仔猫を咥えたまま歩くには辛そうだった。
一同の視線が釘付けになっていることを知らないイリオモテヤマネコは、橋の途中で立ち止まり、とうとう仔猫を口から放してしまった。
「どうしたのだろ」
心配したチップが思わず数歩橋に近付いていた。
放されたグレーの小さい体は橋の上に横たわったままだ。イリオモテヤマネコは鼻先で仔猫をつついている。橋から落とすつもりなのだろうか。見ている猫たちの間で悲鳴にも似た叫び声が聞こえたとき、思い直したように、また、ゆっくりと仔猫を引きずり始めた。
しかし、橋を渡るにつれ重かった足取りはしっかりしたものに変わっていくようだった。
つづく
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いかがでしたか、今回のお話。
前回、橋の描写が少ない様に感じた主は少し書き加えました。
いかがだったでしょう。
皆さんが描いていた橋のようでしたか。
まさかレンボーブリッジのような橋を想像していた方はいないと思いますが。平橋、それとも太鼓橋。
ここは皆さんの想像に任せて、あえて描かない方が良かったのでしょうか。未熟者の作者は悩んでおります。
どうぞ、ご感想をお寄せ下さい。
今回も、新しい登場猫がいましたね、イリオモテヤマネコです。
どうやら、現世で傷ついた体で亡くなったようです。
それから、仔猫。
この猫たちは現世でどのような生涯を送ったのでしょう。
今から少しずつ明らかになっていきますが、皆さんも一緒に考えてみて下さい。
もし、主が考えているものよりも素晴らしいストーリーならば今後の展開を書き直すつもりらしいです。
遠慮なくストーリー作りに参加して下さい。

さて、次回は新しくネコジルシのお友達が登場します。
どちらのお宅の猫さんでしょうか。
それは来週のお楽しみです。
前回、画像をお見せしたバラの花。突然変異ではないかと言われたりしたので、テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」に投稿してみました。
採用されるでしょうか。
もし、採用されたときは僕達も一緒に出演しようと待ち構えています。
では、来週。
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