五
丘陵の中ほどで、後から走り出したライカがチップに追いついていた。
「ライカ、来てくれたの。ありがとう」
振り向いたチップの足取りが重くなっている。
「やっと追いついたぞ。大丈夫か、チップ」
ライカが心配しながら声を掛けてきた。
「下りは良いけど、家猫だったぼくには登りはきついよ。ライカは大丈夫そうだね」
チップの息が上がっている。肩が大きく上下に動いていた。
「当たり前さ。ぼくは北海道の大自然の中、外猫として暮らしてきたから、これくらい平気だよ。少し歩こうか」
「ありがとう。じゃあさ、雪とかいっぱい降るの?」
「埋もれるくらいね。とっても冷たいよ」
「へー、ぼくは暖かいところに住んでいたから雪なんて積もらなかったし、寒いの苦手だよ」
「二ヶ月間放浪していた事もあるから、雪で足腰は鍛えられているのさ。これくらいの坂どうってことないよ」
そう言うライカは昔を思い出すように丘陵に続く青く澄んだ空を見ていた。
「そうなんだ。ぼくなんか保護してもらってからは家でゴロゴロしていただけだものね」
二匹が昔話をしながら歩いているうちに丘陵の上のほうに一本松が見えてきた。
「見えてきた。あと少しだ。キジトラさんはいるかな」
気になるチップが再び走り出した。
やっとたどり着いた一本松では、一匹の猫が太陽の日差しを受け横になって寛いでいた。確かにお乳が張っているようにも見える。
「こんにちは、ぼく、チップ。今、橋のたもとから来たんだけど、まだ目も開かない仔猫がやってきて、泉の水も飲めないんだ。それで、長老が母乳の出る母猫を探しているんだけど。知らないですか」
チップは息を切らし、途切れ途切れになりながらも矢継ぎ早に話し掛けた。
ところが母猫は無視するように大きなあくびをして反対を向くのだ。薄目を開けたまでチップたちを無視している。
「あなたが母猫だったようだと長老が言っていたんだけど。違いますか」
チップは母猫が向いた方へ回り込み、覗き込むようにして話し掛けてみた。
「知らないね」
母猫はチップの声にうっとうしそうに顔をそらした。
困惑した表情でチップが佇んでいると、「私は知っているよ、あなたに母乳が出ることを。この木の上から見ていたから」
今度はチップたちに付いて来た小鳥が、止まっていた一本松の枝から言っている。
「おまえが誰で、仔猫がどうしたかはしらないけど、私の母乳は現世に残してきた子供のために取っておかなくちゃいけないんだよ。あの子がここへ来たときのために」
母猫は憎らしげに木の枝に止まる小鳥を見上げ、歯を剥いて威嚇し、チップから見えない木陰に立ち上がり回りこんでしまった。
「そこを少し、分けてくれませんか」
チップは母猫の後姿に頼んでみたが返事は返ってこない。
「あなたはここへ来てどれくらいになるのだい。未だ別れた赤ちゃんに会えないと言うことは現世で元気に過ごしているのではないか。もう母乳は必要ないくらい大きくなっているとのと違うか。あなたが現世に残してきた子は誰が育てたのだ。母乳が必要なのじゃなかったのか。あなたが亡くなった後,誰かが与えたはずだ。見ず知らずの仔猫のために。そして、大きくなったのではないのか」
二匹のやり取りを黙って聞いていたライカが我慢できずに話し掛けたがそれでも反応は無かった。
「あなたのお乳を必要とする仔猫がいるのだ。役に立てればどうだ」
無視され続けても二匹は耐えて、母猫の返事を大人しく待っている。
それでもダメだった。
「チップ、行こう。こんな分からず屋の母猫に頼まないで他を探そう」
ついに我慢も限界に達したライカがもう母猫に頼むことを諦めて引き返し始めた。
「でも……」
チップは後ろを振り返りながらもライカについて坂を下り始めた。小鳥達もついてくる。
苦々しい表情で薄目を開けて遠ざかる二匹の後ろ姿を見た母猫が、何かに打たれたかのように突然立ち上がった。
その目は、驚きに見開かれ奥には優しさが輝いているのであった。
つづく
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いかがでしたか、今回のお話。
ようやくというか、あっという間にというか第一話が終了しました。
皆さんの感想はいかがなものでしょう。
読み応えのあるものだったでしょうか。
第一話は原稿用紙に換算して27枚です。
枚数にすると結構あるように感じますが、読んでみると大したこないでしょう。
さて、エンタメ小説では大きな事件を冒頭に持ってきて、そこから今までに至る背景を書き込んだりしたほうが読者の食いつきが良いと書いてありました。だらだらとつまらない描写が続くと読者を逃すと。
インパクトのある出来事を最初に持ってくることによって、読者はどうしてこうなったのか、次にどうなるのかと気になり読み進めるのだそうです。
ただ、ここは猫好きさんのサイト。いきなり大事件では取っ付きにくいのではなかろうかと、時系列的に(時間の経過と共に)物語を進行させています。
実際、公募に出すようなことになればこのあたりは考慮せねばならないかもしれません。まあ、これは書き終えてからのことなので、ずーと先になります。
なので、まだまだ大事件は起きておりません。今後のお楽しみです。
さて、主が一番気にしているここまでの皆さんの評価をお聞きしてみたいと思います。
五段階評価です。遠慮はいりません。ここまでお付き合い頂いた上に厚かましいとは思いますが、判定だけでもいいですので書き残して下さいませんでしょうか。
宜しくお願いします。
A:非常に面白い。次回まで待ちきれない。ぜひほかの人に勧めたい。
B:予想していたよりも面白い。次回も読みたい。
C:まあ、読むに耐える。時間があればまた読んでみたい。
D:もう少し改善してもらわないと、ちょっと読み続けるのは辛い。
E:言いにくいが読むに耐えない。
さあ、皆さんの評価はどうでしょうか。お世辞抜きでいいですよ。
風邪も治り元気になったことですし。
では、また。
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