レオが長老の元を目指している間、賑やかな猫たちの声を聞くことはなかった。いつものように暖かい日差しを浴びて昼寝する猫たちの姿はなく、疲れたように横たわっていた。元気に飛び回っている蝶たちの姿も見えない。
すでに異変は丘陵全体におよんでいるようだった。
レオが長老の元へ戻ってきたとき、一匹の猫がいた。
「昨日から耳が痒いのです。ここへ来てから、こんな事はありませんでした。僕は現世では耳がただれてしまって、病院で治療してもらっていました。でも、ここへ来てからはそんな事もなくすっかり元気になっていたというのに、再発したのでしょうか」
レオは近づき、茶白のオス猫がだるそうに長老に話しているのを聞いた。
「やあ、ジャッキーではないですか。耳がどうかしたのですか」
レオがジャッキーの耳を見るとただれた様に毛が抜けていた。全身の毛並みにも艶がない。
「泉から遠くに行けば行くほど水の力が弱まり、現世での傷や病気が出ているのであろう。泉の水を付けにいくとよいぞ。しばらく近くで休んでいたらよかろう」
長老がジャッキーを見下ろしている。
「おお、レオ。ご苦労じゃった。で、どうであった」
戻って来たレオに気付いた長老が声を掛けた。
「泉の水が減っています」
レオは長老を見上げ話した。
「そうか。ところでヤマネコには会えたのか」
長老はジャッキーの事を気にしながらもレオに尋ねた。
「ヤマネコと話すことは出来ませんでしたが、森の中にいました。我々を襲ってきてチップがケガをしました。まだ、心を開いていないようです」
「さようか、困ったのう。チップは大丈夫なのか」
「ええ、なんとか泉まで戻ってきました。もうケガも治っております」
「そうか、水が少なくなって心配なのは現世での傷ついた体に戻ることじゃ。ここでのケガは一度治ると再発はせぬで、心配は要らぬであろう」
「何かあったのですか。泉のそばで過ごせだの。水が少ないだの、気になるな」
ジャッキーは長老とレオとの会話が理解できずにいた。
「いずれ分かるであろうし、隠す事もあるまい。ただ、あまり公にすると騒ぎが大きくなるであろうからな。それを心配しておるのじゃ」
長老の言葉にますます混乱するジャッキーだ。
「何の事」
「実は泉の水が減っておる。水の力が丘陵全体に行きわたらぬようじゃ。それでそなたたちに現世での病気や怪我が再発しつある。泉の近くで過ごしておれば大丈夫であろうが」
長老はジャッキーに簡単に教えていた。
「我々も森の奥に行くのにかなり厳しい状況でした。ヤマネコも現世での傷ついた体に戻って苦しむことになるかも知れません。そうなれば夜の闇に紛れて、人目を忍んで泉にやって来るでしょう。そのときがチャンスと思っております。今はチップが泉で見張っております」
「そうであったか。ご苦労じゃったな。ヤマネコが現れてくれれば良いが、チャーミーはどうした」
「彼女は母猫の所へ行きました。子猫が泉に近づくと鼓動を感じ、完全に水が湧かなくなるかもしれません。子猫が近づかないように子守りを交代してもらうつもりです。母猫にも水を飲ませなければなりませんから」
「すまぬのう、色々と迷惑を掛けて」
神妙な佇まいの長老であった。
「いえ、これは長老のせいではありません。丘陵で暮らすみんなのためです」
レオのきっぱりとした口調にジャッキーもただならぬ物を感じるのであった。
昼間だというのに丘陵全体は暗く、重苦しい空気が漂っていた。
猫たちの楽しげな話し声や、小鳥達の軽やかな歌声も聞こえてこなかった。
長老が森の方に目を向けると、徐々に茶色く変色している樹々が増えているのがはっきりと見えるのであった。
つづく
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いかがでしたか、今回のお話。
ジャッキー君、登場しましたね。
ちょっと辛い状況での登場ということで申し訳ないですが、御了承下さい。
さて早いもので、連載を開始してから四ヶ月が過ぎました。
皆さん付いてきていただいているでしょうか。
少しずつ物語りも動き始め、核心へと近付いています。
次回からの第五話の三では、物語の中で一番ファンタジーっぽい登場人物が出てくるらしいですよ。苦心したところって言ってました。
それだけに皆さんの反応が怖いところでもあります。
今回までで、トータル約百枚になりました。
だいたい一話25枚ペースになります。
一回分がさほど多くないのであまり分量を感じられないでしょうが、結構あります。主にとっては百枚超えは初めてです。 ちゃんとまとまったお話になっていればいいのですが。
いよいよ中盤。何が出るやら。お楽しみに。
昨日は雨、風、雷とひどい日でした。
でも、僕は大丈夫ですよ。
雷なんか怖くないです、だって聞こえないんだもん。
チップは落ち着かなかったみたいだけど。

では、また。
Byホワイト
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