チップが気付いた時、暖かな母の胸に静かに抱かれて眠っていたような穏やかなぬくもりを感じた。
明るい日差しが森の樹々の間からキラキラと輝き、チップを包み込んでいる。柔らかな草の上に横になっていた。ケガも治り元気な元の姿に戻っている。
「チップ。チップ」
それは聞き覚えの無いはずの母親の声のように優しく語りかけてきた。
チップは、物心ついたときにはすでに一人ぼっちだった。野良猫になるべくして野良猫の母から生まれた。母親の顔も、声も全く記憶にはない。保護されるまで一人で生きてきた。
「私の声が聞こえますか、チップ」
それがどうしたことだろう。聞こえる声が母親のものとしか思えないのだ。
「諦めてはいけません。希望を持つのです。樹々を信じ、水の力を信じるのです。希望を持っていれば必ず未来は開けます。さあ、立ち上がるのです。みんなが待っています」
チップは目覚めた意識の中ではっきりと聞いていた。
「誰ですか。あなたは」
出せなかった声が出ている。チップは聞こえてくる声の方を見上げた。
「私は森の精霊です。泉の水の力が弱くなり、私たちの住む森にも異変が始まっています。あなたが森を、樹々を、そして猫と全ての生き物を救うのです。あなたの勇気と優しさで私達を助けて下さい」
その声は耳から聞こえるのではなく、直接心に語りかけてくるようだった。傷ついた体も心も癒してくれる優しい声だ。
「今から言うことを良く聞くのですよ。亡くなった猫の為に人間が現世で流す涙が泉の源です。亡くなった猫を偲び最初に流す涙の粒が泉に湧き出たとき、亡くなった猫自身がその涙に触れることが出来たら、人間の涙に込めた思いが叶います。もし、人間が仔猫にまだ生きていて欲しいと願っていれば現世に帰ることが出来るでしょう」
精霊の姿は何処にも見えない。チップの周りは森の樹々ばかりだ。小鳥もホタルもいない。精霊の声がする方向がきらきらと明るく輝いているだけだ。
「もし、天国で幸せになって欲しいと願っていた時はどうなるの」
チップは恐る恐る尋ねてみた。
「残念ですが、現世へは戻れません。人間が猫に対して未練があれば戻ってきて欲しいと願っているでしょう。でも、幸せな満ち足りた暮らしが出来た猫や、病気で苦しんでいた猫たちには天国で元気に過ごして欲しいと願う事でしょう。それが人間の思いやりです。そして、優しさなのです」
「そうなんだ。これは長老も知っているのかな。すぐに知らせなきゃ」
「ここは、虹と涙が触れ合うところです。虹には七つの色があります。知っていますか」
「ううん、知らない」
チップは明るい輝きに向かって首を横に振っている。
「人間が流す涙の中には色々な思いが込められているもの。しかし、その涙に色はありません。泉の水と同じです。複雑な思いも一つに溶け合い透明に輝いています。涙を流すことで人間は心の平穏を取り戻していくのです。虹に込められた七つの色。赤は情熱の色。私たちに勇気を与えます。橙は向上心の色。輝く未来の色です。黄色は希望。理想を目指す色です。緑は平和の色。私たちを優しく包み込む癒される色です。青は理性。冷静になり落ち着いて物事を判断するために必要な色です。藍色は探究心の色。神秘の謎と叡智を、無限の可能性を秘めた色です。最後は紫。これは赤と青が混ざって出来る色。何を表すか分かりますか」
「二つが重なり合うということは協力することかな」
「そうです。融合を表す色です。何事も協力し合う事が大切ということです。七つの色が一つに重なり合うと互いに協調し色が消え透明になります。そして、内に秘めた大きな力を発揮する事が出来るのです。さあ、森の樹々を、水の力を信じ、立ち上がるのです。透明な水のようにみんなの気持ちが一つになれば思いは叶うでしょう」
言い終わると精霊の声は森に溶け込むように輝きと共に消えていった。
つづく
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いかがでしたか、今回のお話。
ファンタジーっぽい雰囲気は出ていたでしょうか。
森の精霊を登場させてみました。
これがただの夢で終わるのか、それとも現実にどのように結びつくのか気になりませんか。
今後の展開が見えてきた気がします。
どうでしょうか。

気持ちよくおなかを出してお昼寝中です。
Byホワイト
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