いつもなら、夜になっても丘陵は月と瞬く星の光に照らされている。
ところが今は、分厚い雲に覆われて星の明かりはおろか、月の光も届かない。暗闇が支配していた。
夜の集会が始まる頃、静まり返った泉に何者かが飛び込む音が聞こえた。
うたた寝をしていたレオは飛び起き、音がした方を見つめた。
夜目の利くレオでも暗くて何も見えない。それでも夢中で走り出した。
「チップですか。帰ってきたのですか」
走りながら必死に叫んだ。
泉の奥、森の入り口に一番近い場所で、ほんのりとホタルの明かりに照らされてチップが水に浮かんでいるのが見えてきた。疲れきったように手足を伸ばしている。
「チップ、大丈夫ですか」
たどり着いたレオが、息を切らしながらチップの浮んでいる方を見ている。
「ええ、何とか。泉の力で回復しているところ。とっても良い気持ちですよ。お母さんの胸に抱かれているみたい」
チップはのんびりと水に体を預けている。
よく見るとその横にもう一匹の猫が浮かんでいた。
「ビックリしないでね、レオさん。ヤマネコさんも一緒なんだ」
チップの声が弾んでいる。
「ヤマネコですか。来てくれたのですね。それは素晴らしい」
心配していたレオの顔が輝いた。
「私はレオです。体の具合はいかがです」
泉に浮かぶヤマネコに向かって、レオは丁寧に頭を下げていた。暗闇の中ではヤマネコにレオの姿を確認することは出来なかったかもしれない。
「あまり世話になることもないと思うがな」
ヤマネコは、声のした方に向かって言った。チップ以外には心を許していないようだ。レオが心配そうに立ち尽くしていた。
「さあ、体も元気になったぞ」
レオの心配もよそに、チップは浮かんだままで夜空に叫んだ。
「ヤマネコさんは猫のくせに泳ぎが上手だよね。どうすればいいの。教えてくれない」
チップはのんきに、手足を必死に動かしている。これも泉の水により緊張が取れたからだろう。
ヤマネコはホタルの明かりに照らされるチップの泳ぎを見ていた。
「もっと手足全体で水をかくんだ。指を丸めずに開いて」
チップはヤマネコの言葉に従い、泉を行ったり来たりしていた。
「少しは良くなったかな」
ようやく泉から上がったチップは何度も体を震わせて水を弾いた。
「まあな。これから何をすればいい」
ヤマネコは呆れたようにチップを見ている。
「レオさん。ヤマネコさんと一緒に見返り岩に行ってもらえませんか。そしてピースの様子を教えてもらって下さい」
先ほどまでと打って変わって、チップの表情が険しくなっていた。
「僕はこれから長老のところへ行きます。相談しなければならない事があるのです。森の中で倒れこんだとき精霊が現れて教えてくれたのです。どうすればピースを現世に戻すことが出来るかを。そのことを長老に相談してきます」
チップは真っ直ぐにレオを見て話していた。
「それはすばらしい。現世へ戻す方法も分かったのですね。すぐに行って下さい。早い方がいいでしょう。ただ、ヤマネコが私のいう事を聞いてくれるでしょうか。ちょっと心配ですが」
レオは少し不安げな表情をしている。
「大丈夫。森の中で約束したから。力になってくれるはずです」
チップは不安をかき消すようにヤマネコを見ていた。
「分りました。チップが言うなら間違いないでしょう。ヤマネコさんを信じましょう」
チップは少し離れたところにいるヤマネコの元に行き、事情を話した。
「俺はこいつに仔猫の様子を話したら森へ戻って良いのだな」
ヤマネコはレオをあごで指している。
「ええ。でも、今、泉から離れるとまたさっきのような状態になるかもしれない。泉の近くにいたほうがいいと思うけど」
チップはヤマネコの体を心配していた。
「それは俺が決める事だ。誰にも束縛はされない」
協力すると約束しても、まだわだかまりがあるヤマネコだった。
それでもチップにはヤマネコが力になってくれるという確信があるのだった。
つづく
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いかがでしたか、今回のお話。
ついにヤマネコが泉にやってきました。
どうでした、皆さんが想像していたような登場だったでしょうか。
まだ、本当の意味で垣根が取れていないようです。
徐々にそれも取れていくでしょう。
お楽しみに。

今週は連休があったためか一週間がとっても早く感じました。
主は、お休みを使ってコンテスト用の作品を仕上げ、提出したようです。
結果は年明けみたいで、落選が決まったら、日記にて公開しますね。
もし、入選したら。
夢は早く実現しないほうがいいのかもしれません。まだ先にとっておきましょう。
Byホワイト
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