一
チップは、長老から受けた作戦の内容をレオやヤマネコに伝えるため見返り岩に急いでいた。丘陵を登っている時、集会があっているはずの広場から猫たちが言い争うけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
このような猫たちの声を丘陵で聞いたことなど無い。
胸騒ぎを抑えきれずに広場の方へ向きを変えた。
広場を見下ろす高台に着いてみると、月明かりも届かない暗がりの中、丘陵に暮らす猫たちが二手に別れ何事か言い争っている。
良く見ると、野良猫たちのグループと家猫として暮らしていたと思われるグループで分かれていた。
「どこにいるんだ、その仔猫は。俺たちが食って葬ってやる」
先頭に立つ野良猫が目をぎらつかせていた。体や顔には傷跡が残っている。泉の水の力が弱まっているのだろう、傷跡に血が滲んでいる。現世での壮絶な生き様を見るようだ。一緒にいる猫たちも辛そうにしている。横たわっている猫もいた。どの猫の現世で一度は亡くなっている。泉の水の力が弱まった今、元気そうな猫の方が少ないのかもしれない。
「ばかな事をいうな。現世に命があるものをここで葬る事なんか出来るわけないじゃないか」
野良猫に対峙しているのはライカだ。北海道の厳しい冬を生きてきたライカには、野良猫にも負けない迫力がある。体格的にも負けていない。
「本当にそうか。連れてきてみろ。試してやる」
野良猫は疑い深い眼を向けていた。体はすでに臨戦態勢になっている。体勢を低くし、いつでも飛びかかれるように地面に爪を立てていた。ライカも同じように低い体勢になった。
野良猫は低い体勢のまま歯をむき出しにし、威嚇を始めた。
痺れを切らしたのか、ついに飛び出した。爪を出した大きな手を振りかざしライカに襲い掛かろうとした。
その時、丘陵の上手の方から一つの陰が野良猫に体当たりをした。
不意打ちを喰らった野良猫は絡まったまま坂を転がり落ちていく。
他の猫たちも慌ててもみ合う二匹を追いかけた。
傾斜が緩やかになったところでようやく止まり、二匹はにらみ合ったまま立ち上がった。
「誰だ、お前は。邪魔しやがって」
野良猫の怒りは先ほどに増して燃え上がっている。
「僕はチップ。どうしてそんなに剥きになって仔猫を排除しようとするんだ。あの子はまだ現世に命があるというのに。戻してあげようとは思わないのか。君たちだって、現世に未練があるからこそ、ここにいるのだろう。僕たちが戻りたくても戻れない現世に。命がある仔猫を助けてやろうと思わないのか」
立ち上がったチップの瞳は正義感に燃えていた。
「何を小賢しい。家猫のお前達にとやかく言われる筋合いはねえんだよ。俺たちはここで元気な体で思う存分走り回りてえだけなんだよ。子猫一匹の為に現世での傷ついた辛い体に戻りたくはねえんだ。お前も一緒に喰ってやろうか」
野良猫は怒りをチップに向け、歯を剥き出して叫んでいる。
その時、暗く沈んだ丘陵の坂の上に一匹のシルエットが浮かび上がった。
じっと佇み、猫たちの争いを見下ろしている。
二匹に気を奪われていた猫たちは、誰も気付くものはいなかった。
つづく
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いかがでしたか、今回のお話。
早いもので、明日から11月ですね。
4月に連載を開始して七ヶ月が経ちました。
皆さん付いてきて来て下さっていますか。
途中、筆が進まなくなった事もありましたが、ここまで来れたのも読んで下さる方がいたお陰です。
ありがとうございます。
ピースの現世での様子も分かり、後はどのようにして返すかだけですよね。
丘陵に現れたシルエットは誰でしょうね。
もう、お分かりですよね。
でも、皆さん一番大切な事を忘れないで下さいね。
主役が誰かと言うことを。
彼の事を最後まで忘れないで下さいね。

これ以上言うとネタバレするので。
まだまだ、明らかになっていないことがありますよ。
良く考えてお楽しみください。
Byホワイト
最近のコメント